王女・ヴェロニカ

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 エンリケが賑々しく出発して数日、ヴェロニカはひとつ確信していた。
「『白い亡霊』と呼ばれる人たちは、みんなエンリケに従って出陣したみたいね……。油断はできないけど」
 側室や王子たちが、怪しげな刺客に襲われることもなくなった。
 ヴェロニカたちがいつものように後宮を巡回しても、怪しい気配
はひとつもなく、監視の目もない。
 フィオの部屋に毎日届いていた、薄気味の悪い品物も脅迫文まが
いの手紙も——たとえば、首が切れた人形の口に赤いバツ印が書かれたものや、喋ったらお前の大事なものを殺すと書かれた手だ——も、ピタリと届かなくなった。
「だけど、フィオはまだ東屋に通ってるのよね。危ない目に遭ったのに……」
 どうしたことか、フィオは、夜になったら母に会えるのだと言い張るのだ。
「フィオ、母さまはこの世にいないのよ、姿を現すわけがないでしょう!」
「そんなことないもん! 会えるもん!」
 会える、会えない、会える、会えない、と姉弟が口論している傍に、マイクが割って入った。
「お前ら、ちょっと落ち着けよ」
「だって、マイク、フィオが現実的でないことを言うのよ! それに、夜中に後宮をフラフラするなんて許せない」
「フラフラなんてしてません! かあさまと会っているだけです!」
「……ふーん、じゃあ、セレスティナさまはフィオが心配で、フィオにだけ会いに来てるのかもしれないな」
「マイクにいさま、信じてくれるの?」
「おう。俺は信じるぜ」
 マイク、とヴェロニカが非難めいた声を上げたが、マイクはそれを聞き流す。
「フィオ、俺もセレスティナさまにはお逢いしたいな。その場に、俺も連れて行ってくれるか?」
 ぱっ、とフィオの顔が輝いた。
「かあさま、きっと喜びます。ずっとマイクにいさまのことを、心配していたから」
 にいさま大好き、とじゃれついてくるフィオを肩に担いだマイクは、不満気な顔のヴェロニカの肩をポンと叩いた。
「ヴェロニカ、今日の後宮巡回は俺とフィオと、ジャスミンでやる。お前とグーレース師匠は執務室へ戻れよ」
「……よろしく、お願いします」
 頭を下げた瞬間にみせた顔は、今は亡きセレスティナ妃に良く似ている。
 だが、それをもう一度見たいと思う前に、ヴェロニカの栗色の髪がさらりと流れて表情は隠れてしまった。
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