王女・ヴェロニカ
 無意識にそれを一房掴み、マイクはヴェロニカの顔を覗き込んでいた。
「……なに?」
「あ、いや、なんでもねぇ……。お前も、気を付けろよ」
「はい。グーレース、ジャスミン、わたしたちはあちら側を巡回して、執務室へ戻りましょう」
「そうですな……」
 ピリピリと張りつめた数日が続く。
 フィオは相変わらず夜中に後宮をふらふらしているし、ビアンカを助けたという連絡はまだこない。
(やっぱり……わたしが行けばよかった……)
 何度そう思ったか、知れない。

 その、待ちに待った「報せ」が届いたのは、エンリケが仰々しく出陣して一か月以上が経過した日の夕暮れ時だった。

 『エンリケ隊壊滅、ビアンカさま奪還作戦失敗』

 執務室で大量の書類と格闘していたヴェロニカは、
「そう」
 とだけ答えて、羽ペンを走らせつづけた。だが、サインは乱れ、眼は書類の上を上滑りする。
 黙々と書類を片付けること一時間。
「だからっ! わたしを出陣させておけばいいのに!」
 だんっ、と机を叩きながらヴェロニカが叫んだ。
「ビアンカは無事なの? 殺されたりしてないのよね? 軍事大臣一行はどうなったの?」
 いらいらと敵国の方を見つめるヴェロニカの目の前に、二人目の伝令兵が現れた。そして彼はこう言った。

『帰路についたはずのエンリケ一行、敵国をでてすぐに、行方を晦ましました』

 それを聞いた王は、即座に言った。
「よし、王女・ヴェロニカ、そなたに兵一万を預ける。ビアンカを奪還し、エンリケたちの行方を掴め」
 ヴェロニカは、最敬礼で王に応えた。
「ビアンカ、待っていてね……。マイク、グーレース、一緒に来てくれるわね?」
「ああ、もちろんだ」
「お供させていただきますぞ、ヴェロニカさま」
「エンリケの尻尾を掴む好機ってとこだな」

「さあ、ヴェロニカ隊、出るわよ!」
 やはりヴェロニカは、棍を握って前を向いている時が一番生き生きしていて、美しい。
 そして流石、歴戦の猛者とあだ名されるだけのことはある。
 ヴェロニカは、あっという間に出陣の用意を整え、出陣命令が下った翌日の朝には神殿で出陣前儀式に臨み、ひらりと馬に跨った。
「リーカ王国第一王女・ヴェロニカ、出陣!」
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