王女・ヴェロニカ
 よかった、と子供たちが笑う。
 子供たちのひとり、最も年長の少女が、マイクの傍に馬を寄せた。
「ね、おにいさん、ヴェロニカさまの彼氏?」
「いや、違うぞ」
「残念。おにいさん、独身? ヴェロニカさまと結婚してくれないかしら? あの通りの美人だし、胸もあるし。どう?」
 少女は真剣な顔をしている。茶化したり、マイクをからかったりしているわけではないようだ。
「……考えておくよ」
「前向きに検討してね。ヴェロニカさまはこの国のために働いてばかりでしょ、婚期を逃す気がするの。それにあの腕っぷし……そこらの男ではヴェロニカさまの夫はつとまらないわ」
 よくわかってるじゃねぇか、とマイクは小さく笑った。

「でもお兄さんなら安心してヴェロニカさまを任せられるわ。だからよろしくね」
 マイクにウインクをした少女は、何食わぬ顔で子供たちの集団に戻って行った。
(ヴェロニカ、こんな子供にまで心配されてるぞ……)
 そんなこととは露知らず、当の王女さまは子供たちをねぎらっている。
「みんな、ありがとう。気を付けて村に帰るのよ!」
「はーい!」
「長老によろしく! 帰国したら真っ先に会いに行くから!」
「まってまーす!」
 速度をあげて遠ざかる馬を見送ったヴェロニカとマイクは、黙々とリンゴを食べ続ける。
「うまいなー……」
「このリンゴ、ビアンカの大好物なんだ」
「そっか、早く届けてやろうぜ」

 少女・ビアンカは、後宮付きの侍女として王宮にやってきた。
 だが、父親が父親——自分の母国リッサンカルアをあっさり裏切った男だ——な上、ゆくゆくは側室になるだろうと噂されていたものだから、ずいぶんと同僚に苛められていた。
 今思えば、非道な父だからといって娘を苛めるのは間違っているが、当時の後宮はそういうところだった。
 殴る蹴る、食べ物を食べさせない、暗い部屋に閉じ込める、プールや浴場に突き落とす……。
 悲惨な日々で、ビアンカの美しい顔も手足も、生傷がたえることはなかった。
 それに気付いたのが、一緒にいることが多かった、ヴェロニカとフィオだった。
 どうにかしてビアンカを助けたい、そう思った二人だが、母に止められた。
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