王女・ヴェロニカ
「俺にも一発殴らせろ」
「もちろん」
 二人が黒い笑みを浮かべていると、どこからか伝令兵がやってきた。
「ヴェロニカさまはどちらでしょうか?」
「はーい、ここよ!」
 二頭の馬に引かせた荷馬車の幌が跳ねあげられて、ヴェロニカが顔を出した。
 その隣にはマイクが座っていて、奥にはグーレースが絵地図を広げて難しい顔をしている。どうやらこの荷馬車が、現在の『軍本部』らしい。
「どうしたの?」
「前方に、奇妙な巨大な砂山があるそうです」
「砂の山……? 乗り越えればいいのではなくて?」
「それが、砂山が移動しているようだと……」
 一体それはなんだ、とヴェロニカとマイクが顔を見合わせる傍で、グーレースが立ち上がった。
「それは……もしや、オオスナグマの巣では?」
「なにそれ」
「一言で言えば狂暴な熊。背丈も重量もあるし、知恵もある。爪で引き裂かれれば、馬も人間も即死でしてな……厄介なことに砂の中の巣穴に潜んでいて、山越えをする動物を食らうのです」
「グーレース、そのオオスナグマ、倒せないの? 旅人にとって邪魔よね?」
「そうですな、ですから戦闘力を保持した旅人は、オオスナグマを発見次第、敵の戦闘力を削いでおくのがこのあたりのマナーです」 
 グーレースが大剣をすらりと抜いた。
「ヴェロニカさま、マイク、申し訳ないがともに戦っていただきますぞ」
 やった、とヴェロニカが手を叩いた。
「食後の運動にぴったりよ!」
「奴の牙の一本でも折れば十分ですからな、ヴェロニカさま」
「あん? グーレース師匠、息の根を止めるんじゃないのか?」
「奴は腕や牙を損傷すると、巣穴に閉じこもって何年も眠りにつく。その間に腕や牙は再生してしまうが、一時でも被害がなくなるならそれで良い。さあ、参りますぞ!」
 剣を抜いて滑るように駆けだすグーレースに、ヴェロニカと、マイクがぴたりと従う。
 棍を手にしヴェロニカは、随分楽しそうだ。きっと、おとなしく馬の背や馬車に揺られることに飽きていたのだろう。
「さあ、やっつけるわよ……って、あれ? マイク、剣は抜かない
の?」
「俺、接近戦の格闘術が得意なんだ。たぶん、今回はその方が役に立てるだろ」

 好きで覚えた格闘術ではない。 
 幼いころ、理不尽な暴力から身を守るために、見よう見まねでやりはじめた格闘術だ。
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