王女・ヴェロニカ

:3:

 獣というのは最も弱そうな人間から狙うのだと、そう教わっていた。
「その認識をあらためないといけないわ」
 と、ヴェロニカが叫んだ。
「どうしてだよ?」
 マイクが首を傾げた。
「だって、一番弱いわたしを狙わなかったもの。指揮官であるグーレース師匠を狙ったのよ。このクマには恐るべき知性があるのよ、きっと!」
 オオスナグマは、先制攻撃を仕掛けてきた。砂山から前足一本だけを出してグーレースを叩き潰そうとしたのだ。
 むっ、と低く声を発したグーレースが大剣でその前足を払ったが、クマの足には傷一つついていない。
「今度はわたしが相手よ、オオスナグマの前足!」
 やあーっ、と鋭い気合とともに、ヴェロニカがしなやかに飛んだ。高速で棍が動く。
「なぁ、師匠……」
「……何かな?」
「恐るべき知性があるのは、その通りだろう。指揮官を狙ったんだろうから。でも——従来道理の認識で、間違いないよな?」
「……うむ」
 いったい誰が、ヴェロニカが『最も弱い人間』だと認識するというのだろうか。
「猛獣相手に棍一本で互角に戦うヴェロニカこそ、猛獣だよな……。いや、あっちのオオスナグマの方が、知恵があるかもしれねぇ」
 グーレースが慌ててマイクの口を塞いだ。
「これっ! マイク、聞こえたら殺されるぞ!」
 こくこく、とマイクが頷いた。
「しかし師匠……。ヴェロニカは、自分がか弱い乙女だと本気で思ってんのかねぇ……」
「……そう、思いたいのかもしれない。なにせうら若き女性であるからな……。せめて、お前くらいはそのように扱ってさしあげなさい」
 戦闘に加わるタイミングを逃して手持無沙汰なマイクとグーレースの目の前で、ヴェロニカは派手に戦っている。
 ドレスであることなど全くお構いなしで飛び跳ねるため、ビリビリという音がする。いったいあれを繕うのは誰だろうか。
 普段なら、有能な侍女・ジャスミンがたちまち直してくれるが、今回は一緒ではない。
「ヴェロニカ、予備のドレスとか持ってきてんのかな……」
「破れかぶれのドレスで外交というわけにはいくまいな。どこぞで調達せねば……」
 当のヴェロニカは、クマの前足相手に棍をふるい続ける。
 巨大であるにもかかわらず俊敏な前足には、なかなか必殺の一撃が入れられない。
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