王女・ヴェロニカ
「細かいことは気にしなくてよい。お前は、王に気に入られるように努力せよ。それだけでよい。お前はわたしの最高傑作……自信を持って王の傍に侍れ」
 不安と疑惑でいっぱいの娘の心中に全く気付くことなく、エンリケは上機嫌で娘を送り出した。

 そんな婚礼の儀から三か月ほどたったある日——。
 王の正妃・セレスティナが病に倒れた。
 「ヴェロニカさま! ヴェロニカさま、起きてくださいませ!」
 真夜中、悲痛な声でヴェロニカを起こしたのは、ビアンカだった。
「ビアンカ? どうしたの?」
「セレスティナさまが危篤だと、王のもとへ使いが来ました!」
「容態が悪化したのかしらね」
 つい先日、王族専属医師のジュリアンは、過労、そして肺が良くない音を立てている、そう診断した。
 だが、数日で容体が急変するような重病だとは聞いていない。
 ベッドサイドに置いている常夜灯から手燭に灯りを移したヴェロニカは、チェストからガウンを二枚と袋を一つ引っ張り出した。
 一枚は自分が羽織り、もう一枚は寝間着姿のビアンカに渡す。
「ビアンカ、わざわざありがとう。さぁ、あなたもこれを羽織って」
 きょとんとするビアンカは、自分がどんな格好なのか、自覚がないのだろう。
「風邪をひいてしまうわよ。それに……若い巡回兵には刺激的すぎるかもしれないわね」
 はっとしてビアンカは己の姿をみた。
 髪も垂らしたまま、足元は裸足。何より、薄手のレースの寝間着一枚のため、日頃は隠れている豊かなバストもくびれたウエストも、くっきり視えてしまう。
「わ、わたしったら……はしたない恰好でごめんなさい」 
 頬をおさえて慌てるビアンカの仕草は、女のヴェロニカからみても可愛らしく、色気がある。
(こんな子が父の側室だなんてもったいない話よね……)
 彼女が社交界デビューしていれば、貴族の子息がこぞって求愛しただろうし、上流貴族の夫人として華やかに暮らしたことだろう。
「ヴェロニカさま、わたし、お部屋へもどって身だしなみを整えてから出直してまいります」
「あら、構わないわよ。それから、髪も纏めて……アクセサリも何か……ろくなものがないけれど、これで王の寵姫の体裁は整ったわ。行くわよ」
 震えて冷たくなっているビアンカの手を取り、ヴェロニカは月明かりひとつない回廊を走った。
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