王女・ヴェロニカ
 クマからしてみれば、ちょろちょろと動くヴェロニカは、ハエの如き鬱陶しいものなのだろう。ブンブンと前足を高速で振り回す。
「グーレース、マイク! クマの頭はどこなの?」
 前足の下を掻い潜り、黒光りする爪を徹底的に弾きながらヴェロニカが叫ぶ。
 顔も髪も砂まみれだが、その顔はかつてないほど輝いている。
「砂の下……だろうな……」
「はやく掘り出してよ! 獣は頭頂部か鼻面に一撃叩き込むのが基本で……」
 言い終らないうちに、ヴェロニカの体が空中で真横にふっとんだ。
「きゃーっ……」
 焦れたのか、クマがもう一本の前足を砂から引き抜いてヴェロニカの体を打ったのだ。
 茶色い砂漠に、サーモンピンクのドレスが叩きつけられた。
「ヴェロニカ!」
「王女!」
 流石に顔色を変えたマイクとグーレースがヴェロニカに駆け寄り、マイクがヴェロニカの様子を伺う。
「頭を打ったか? ……おい、ヴェロニカ、俺がわかるか?」
 ヴェロニカを抱きかかえ、オオスナグマの攻撃をかわす。
「ううーん……父さ……フィオ……無事……?」
「……全然ちげぇよ……。錯乱してんのか?」
「ああ……この腕はジュリアン……」
「……は!? ジュリアンて誰だ! 男か?」
 思わず、マイクの足が止まった。そこへ、クマの爪が降ってくる。
「マイク、戦いに集中せよ!」
「うえぇ!?」
「避けろ……」
 グーレースが唸り声をあげた。
 別の方向から伸びてきた丸太の如き太い前足がグーレースに向けて振り下ろされ、その凶悪な爪にマントが引っかかってしまった。
 あっという間に、グーレースが宙に持ち上げられる。
「げぇっ、師匠! すぐに助け……オオスナグマ、でけぇ……」
 マイクが呆然と天を仰いだ。オオスナグマが、巣穴から出てきたのだ。
 大量の砂を振りまきながら立ち上がったその姿は、クマというには非常識なほどに巨体だ。
 古代に絶滅した巨大生物も逃げ出すに違いない。しかも、手足が随分と長く、黒光りする牙も爪も、異常に長い。
「き、聞いてねぇぞ、オオスナグマに翼があるなんて……」
 幸い、翼は開かれただけで巨体の後足は地面についている。
 だがこの非常識な巨体が動きまわれば、横たわっているヴェロニカは当然、後方に待機させている兵たちも踏みつぶされてしまう。
 それに、ここから逃げ出してどこか近くの町へ移動されたら厄介だ。
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