王女・ヴェロニカ

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「さあ。この巨体を放置するわけにはいかないから、みんなでクマを土葬にしましょう」
 一晩かけてクマを丁重に弔ったあと、ヴェロニカ軍は行軍を再開した。
「ビアンカ、待っててね、すぐ助けに行くから!」
「ヴェロニカ、ちょっと落ち着けよ……」
 威勢だけは良いヴェロニカだが、地面に叩きつけられオオスナグマと乱闘した身だ。
 打撲もあれば、疲労もたまっている。くたびれた顔であくびをしている。
「ヴェロニカ、あたためたミルク持ってきたぞ。今日はお疲れ様だったな」
 マイクに差し出されたカップを受け取り、コクコク……と飲み干したころには、ヴェロニカは寝息を立てていた。
 その体を荷馬車に横たえたマイクは、自分の上着をヴェロニカにかけてやり、そのそばに腰を下ろした。
「マイク、王女の飲み物に何を混ぜたのだ?」
「船酔いの激しい奴とか、抵抗が激しい捕虜を強制的に寝かせるために使う海賊秘伝の丸薬を、ほんの少し……。こうでもしなきゃ、寝ないだろ」
「……確かにな……」
「これで、朝まで起きないぞ。その間に、俺たちも休もう」 

 ちなみにこれより数年後、このあたりには緑の丘が出来て、『ヴェロニカの丘』と名付けられる。
 ヴェロニカが倒したオオスナグマの骸の上で、ヴェロニカたちが捨てたリンゴや果物の種が芽吹いたのだ。
 もちろん、ヴェロニカが大喜びすることは言うまでもない。

◇ ◇ ◇
 
 ヴェロニカとマイクがリンゴを齧りつつ、食後の運動と称してクマや狼を狩りながら行軍している頃。
 ビアンカはアシェール王国の後宮に軟禁されていた。

 アシェール王国の王宮はやたらと広く、贅沢の限りがつくしてある。一か月の間に何か所もの建物を見ているが、質素だった部屋はひとつもない。
 荷馬車で運ばれているときに町をいくつも通過したが、民の暮らしは豊かとはいえなかった。
 重税や貧困、病に苦しむ民はそっちのけで王族だけが豪勢な暮らしをするなど、リーカ王国ではまずみられない光景だ。
 ところが王宮では、そんな貧しさや苦しみは微塵も感じられない。
 美しい青い屋根と白い壁の建物が所狭しと並んでいて、どこがどこだか、さっぱりわからない。
 その上、王とたくさんの王子たちそれぞれに後宮が与えられていて、それぞれが巨大だ。
(まるで迷路ね……)
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