王女・ヴェロニカ
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いつもは粛々とすすむヴェロニカ軍だが、今日は昼休憩で停止したきり、日が落ちた今でも一ミリも移動していない。
そして『本部』である荷馬車の周囲の馬たちがおびえているような気も、する。
無理もない。
荷馬車の中では、怒れるグーレースによる『教育的指導』が行われているのだから。
話は数時間前にさかのぼる。
薬で眠らされたことに気付いたヴェロニカは、ひとしきり悔しがったものの、すっかり元気になっていた。
「王宮に残してきたフィオは、元気にしてるかなぁ……」
マイクが地図を眺めながら言うと、ヴェロニカがにやりと笑った。
「フィオは元気よ」
「どうしてわかる……」
ハッとしたマイクとグーレースは同時に立ち上がり、荷馬車から下りて馬に飛び乗った。
そのまま、軍列の中ほどへと駆けて行く。
「……師匠、あの一群だ!」
傭兵団の中ほどに、少年兵のグループがある。
彼らが武器を持って前線に立つことは王が禁止したが、支援部隊として参加することは認められている。
その中に、見慣れた背中がある。
「やっ……やられた……」
グーレースが呻いた。
少年兵の一人が、マイクとグーレースに気付いて、フィオに知らせたらしい。
「あっ、マイクにいさま、グーレース!」
振りかえったフィオの顔はドロだらけ、手にはトウモロコシの粉で作った団子と、ミルクの瓶を持っている。
団子をほおばって、ぶんぶんと手を振ってくれる姿は、立派な傭兵だ。
「……さすがヴェロニカさまの弟君……逞しくていらっしゃる……」
グーレースがため息をついたところで、別の方向から悲鳴が上がった。
「オオスナグマだ、地下を移動してきたぞ!」
マイクとグーレースが剣に手をかけながらそちらを見たときには、すでに周囲の兵たちが飛びかかって戦闘がはじまっている。
「……マ、マイク、王子がっ、王子をっ……」
団子をくわえて救急箱をかかえた王子が、現場に向かって走っている。
「あー、師匠、フィオにとってはいい経験だと思うけど? 傭兵が守ってるんだし……大丈夫だろ」
「マイク貴様! なんということをっ! 大事な、唯一の男児であらせられるぞ!」
「何より本人が楽しそうだぜ? いざとなったら荷馬車に放り込むなり、正規軍の兵士をつけて国に送り返せばいい。だろ?」
「ぐぬぬ……」
「それより、オオスナグマだな」