王女・ヴェロニカ
 戦況があぶなくなれば参戦するつもりだったが、兵士たちはあっさりとオオスナグマを退けてしまった。
「鮮やかな手並みだな。慣れてきたのかな……」
「……ヴェロニカ軍だからな、士気も訓練度も高けりゃ、団結力も高ぇ……」
「嗚呼、しかしヴェロニカさまくらいのものだぞ、あの巨獣を一人で葬り去るのは……」
 ますます婚期が遅れる、とグーレースが嘆く。
「師匠、とっとと荷馬車に戻ろうぜ。あの怪女がおとなしくしてるとは思えねぇ」
 
 二人が荷馬車に戻ると、難しい顔をしたヴェロニカが地図を睨みつけていた。
「どうした?」
「エンリケたちはどこへ行ったのだろう? 大軍が何日もとどまることが可能な町はどこだろう?」
 わたしはこのあたりの町には疎いんだ、とヴェロニカがため息をつく。
「ヴェロニカさま、ここだと思います。ジャジータの町です」
「ああ、俺もそう思う。ここはもともとはオアシスだったが、水が豊富だからどんどん発展して、最近は貿易・交通の要所だ」
 貿易、という言葉にヴェロニカが顔をあげた。
「わたしはひとつ、ずっと疑問に思っていたことがあるんだ」
「ん?」
「エンリケたちは、どうやって大量の薬物を手に入れたんだろうか。そもそも、薬物はどこで作られたものなんだ? うちの国内で作れるものではないと、ジュリアンが言っていた」
「……ヴェロニカ、この町に数日寄ってくれ。ここには俺の知り合いの情報屋がいる。何かわかるかもしれない」
 三人が額を突き合わせていろいろ話し合っていると、突然荷馬車が大きく揺れた。
「オオスナグマだぁ! しかも二頭もいるぞぉ!」
 兵士の叫び声が終ったときには、当然ヴェロニカは棍を引きぬいている。
「あ、まてよ、ヴェロニカ! 二頭だけとは限らねぇから……」
「マイク、待てと言って待つようなお方ではない。追うぞ」
 
 ヴェロニカたちが参戦したとき、すでに多数の負傷者が出ていた。
 どうやら、オオスナグマの群れと遭遇してしまったらしく、次から次へと湧いてくるクマに、ずいぶん手古摺った。
 戦闘をヴェロニカたちに任せたグーレースは速やかに負傷者の手当てに奔走し、重症の兵を近くの集落に預けて、荷馬車へと戻る頃には、すっかり日が傾いていた。
 体は疲労でずっしりと重く、気分も良いとはいえない。
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