王女・ヴェロニカ
 新たなるオオスナグマが出ないうちに移動したいところだが、この先を探らせている斥候がまだ戻ってきていない。
 今夜はここで野営になるだろう。
(夜間の見回りの順序を決めて見張りも増やして……ジャジータの町への先遣隊も、決めねばならぬ……)
 あとでフィオさまの御様子も見てこなければ……と一人でブツブツ考えていたグーレースの目が、点になった。
「……これはどういう状況ですかな?」
 荷馬車の入り口にはサーモンピンクのドレスがひっかけられている。
 そして荷馬車の中には洗濯ロープが張り巡らされ、洗濯物が干されている。
「だから! どうしてマイクはどこでもかしこでも場所を選ばず洗濯物を干すのよ!」
「仕方ないだろ、洗濯ロープが張り巡らせる場所ったらここしかねぇんだからよ」
「だからって、人が座っている頭の上に下着を干すのはどうかと思うわよ! ほんと、デリカシーないんだから!」
「はぁ!? お前の方こそ、ドレスを脱ぎ捨ててるだろ、デリカシーがねぇのはそっちだ!」
「なんですって!? ここは戦場よ、いちいち物陰に隠れて着替える方がおかしいでしょ」
「お前は戦場だろうが城だろうが、所構わず脱ぐだろうが!」
「人を変質者みたいに言わないでよ、妙齢の女性の頭上にパンツ干す男のくせに!」
「なっ……なんだと?」
 ぶん、と音がした。怒りに燃えるヴェロニカが棍を構え、マイクが拳を固めて重心を移動させた。
 まさに、一触即発、修羅場である。
 だが、会話の中身がいけない。
 王から、話には聞いていた。 素っ裸のマイクと下着姿のヴェロニカが、茶番劇を演じていた、と。
 グーレースの中で、何かが音を立てて切れた。
「こらぁ! マイク、ヴェロニカ! 服を着てそこに座らんかい!」
 
 周囲を警戒していた兵によると、グーレースの怒号で荷馬車が三〇センチほど浮かび上がったとか……。
 
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