王女・ヴェロニカ
単独行動一歩手前
:1:

 リーカ王国の執務室で、珍しいことがあった。
 何の前触れもなく、ふぅ……と、王が小さくため息をついたのだ。
「陛下、どうなさいました?」
 国をあけている王女の代わりに王の仕事を手伝っている側室のミラが尋ねた。
「そろそろ、ヴェロニカとマイクが、ビアンカのところへ着くころかと思ってな……」
 王の憂いの原因を察知したミラは、羽ペンを置いて王の傍らに立った。
 ミラは、セレスティナと前後して後宮に入った女性で、数少ない『マイクの過去』を知る女性だ。
「ビアンカは……あちらの後宮で『彼』に会ったでしょうか」
「どうであろうな、あちらの後宮は馬鹿のように広いから……会わずに済んだかも、しれぬ……」
「大丈夫ですわ、陛下。ビアンカには、心強い味方がたくさんついています。わたくしたちにできることは、ビアンカの心が壊れないことを願うことくらい」
 そうだな、と王は羽ペンを手にした。だが、仕事が進む気配はない。
 小さく笑ったミラは王の机の後ろにある窓を開けて空気を入れようとした。だが、ガラスのはめこまれた窓は結構重い。
「……あ、あら? この窓、結構重たいのですわね……」
「ああ、そうだな。開けるのは男でも少し、大変だ」
「先日の痴漢騒動の折に王女が割ってしまったのは、この窓ですわよね……?」
「そうだな……。ガラス代はヴェロニカの給料から天引きだ」
「……マイクとヴェロニカさまはともかく……ビアンカも、開けたり閉めたり……」
 だからわたくしにもできると思ったのに、とミラが笑った。
「ということは、ビアンカは、知らず知らずのうちにヴェロニカに鍛えられたのだな……こればかりは気の毒な……」
 ミラが慌てたように王の腕をつかんだ。
「まさかとは思いますけれど……ビアンカ、自力で逃げようとはしませんわよね!?」
 王の顔も、わずかに引き攣った。
 ビアンカが浚われてそろそろ二月《ふたつき》、捕らわれ人となって一月以上。
「脱走用意くらい、しているかもしれん……ビアンカも、ヴェロニカと気が合うくらいだからな……ちと、心配だ」
「嗚呼……御転婆な娘は二人もいりませんわ。心配で心臓が分裂しそうですわ」
「おや、ミラはビアンカを敵視していると思っていたが?」
 御冗談を、とミラは優雅に笑った。
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