王女・ヴェロニカ
 
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 (ここに捕らわれてどのくらいたつかしら……)
 こつん、とガラスに額を押し付けたビアンカの心に引っかかることは二つある。
 一つは、やたらとあっさり負けてしまった、リーカ王国エンリケ軍のことだった。
 そしてもう一つは……「マイクの過去」だ。

 「リーカ軍の襲来!」
 その知らせを受けたのは、ヴェロニカと間違われて浚われてきて一カ月近く経過してからの出来事だった。
 王宮のテラスに引きずり出されたビアンカが見たものは、ろくに戦うこともなく退散していくエンリケ軍だった。
 あの野望の塊のような父のことだ。何か企んでいる——きっと、わざと負けた——に違いない。
 一方、リーカの大軍が王女を奪い返しに来たと、アシェール国軍は高揚していた。
 全軍が戦闘態勢に入り、エンリケ軍が到着するや否や、全方向から同時攻撃を仕掛けた。
「なんだ、わが愛しのコロンが来たのではないのか。つまらん。叩き潰して追い返すがいいぞ、あっはっは! この娘はまた後宮に閉じ込めておけ。コロンを呼び寄せる餌だ」
 高笑いするノア王子の肩に担がれて再び連れて行かれた宮殿は、これまでとは趣が違う建物で、違うファッションが流行っていた。
「な……なんなの、これは……」
 困惑を通り越して硬直してしまったビアンカの目の前で、若い男女が数人足をとめた。
 いずれも、身につけている布は真っ赤な腰布一枚というありさま、男女問わずさらけ出した上半身には金色のペイントを施している。
「……この華奢な娘が、リーカ王国の王女ヴェロニカか? 噂では武術の達人だとか……とてもそうは見えぬが……」
 側室の一人とおもわれる女性が、ビアンカをしげしげと眺め、目を眇めた。
「この娘、第二皇子と第三王女の好みじゃな。ハリー、節操無しの誰がみつけてもややこしい。そなた、なんぞ知恵を絞れ」
 かしこまりました、と進み出た青年の顔をみて、ビアンカはわずかに首をかしげた。
(わたくし……この方に良く似た人を知っている……)
 だが、迂闊にそのようなことは口に出せない。後宮というところは、いろんな立場のいろんな人間がいるところなのだ。
 ことに、兄弟が別々の国の『後宮』にいるということは、幸せな話ではない可能性が高い。
 何も気づかなかったふりをして、ビアンカは膝を折って丁寧に挨拶をした。
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