王女・ヴェロニカ
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「……あの、ヴェロニカさま」
「ん、なに?」
回廊を半分ほど走ったところで、思い出したようにビアンカが声を掛けてきた。
「余計なことかと思ったのですが……念のためフィオさまは王のお部屋へ預けてきました」
走っていたヴェロニカが足を止めてビアンカを見た。
「念のため、って……どういうこと?」
「わたくしの父から守るためです。父は皆の注目がセレスティナさまに集まった隙に、王子殿下を殺そうとするかもしれません」
ヴェロニカは慌てて周囲を見回した。夜更けの後宮だが、どこで誰が聞いているかわからない。
「ビアンカ! ……あなた、自分が何を言っているかわかっているの?」
ビアンカはしっかりと頷いた。ちょうど雲が切れ、月明かりが真剣な表情のビアンカを浮かび上がらせた。
「勿論です。父は、わたくしを王の正妃にし、さらにわたくしの子を玉座につけることを希望しています。そのために……セレスティナさまとフィオさまを殺すことも十分考えられます」
唖然とするヴェロニカの手を取ったビアンカは、まっすぐ揺らぎのない瞳でヴェロニカを見た。
「わたくしは、フィオさまを玉座に座らせるために後宮にいるのです。フィオさまを一番近くでしっかりとお守りするのが、わたくしの仕事です。これは、陛下も御存じのこと……」
「そんな……どうしてそこまで……?」
「父は大変恐ろしい男です。野望に満ちた男です。これ以上、父に好き勝手させるわけには参りません。……それよりも今は、セレスティナさまの病室へ参りましょう」
先に立って駆けだすビアンカの揺れる長い黒髪を見ながら、ヴェロニカは妙な胸騒ぎを覚えた。
だが、それがなんなのか、掴めない。それよりも、今は母の病室へ急ぐことが先だ。
「……ビアンカ、今後何があっても、父と弟をよろしく。あなたになら、お願いできるわ」
「え? はい、もちろん」
「さあ、急ぎましょう」
窓際に寄せられたベッドに横たわる母・セレスティナは、ずいぶん衰弱していた。
整った顔はやつれ、豊かな髪はパサパサになっている。
「母様……!」
「セレスティナさま!」
荒い呼吸で眠るセレスティナは、駆け寄ったヴェロニカたちに気付く様子もない。
「どうして……いつの間にこんなに……! 母様、ヴェロニカです。聞こえますか?」