王女・ヴェロニカ
「ええっと、ヴェロニカさま、僕は御側室ヒーリアさまのお世話係のハリーと申します」
 ハリーと呼ばれた金髪の青年は、手に持っていた籠から赤い布を取り出して、ビアンカの体に器用に巻きつけた。
「さあ、今のうちにこちらへ」
 ヒーリアに丁寧にお礼を言ったビアンカは、ハリーの導きで廊下をいくつも曲がって、この部屋に通された。
「窓をあけて風を入れますね。えっと……本当のお名前を聞いても構いませんか?」
「え……? わたくしは……」
 ハリーは、ささっとビアンカのそばで声を落とした。
「僕は、ヴェロニカさまとは文通友達なのです」
 ビアンカの目が丸くなった。
 ヴェロニカが柄にもなく文通していることは知っていたが、まさか相手が、敵国の、しかも後宮にいる世話係の青年相手だとは夢にも思わなかったのだ。
「蝶々のレターセットは僕です。あなたは……ビアンカさまですね? ヴェロニカさまのお手紙にたびたび出てくるのですぐにわかりました。あ、お食事をお持ちしましょう。お部屋もすぐに整えますね」
「ありがとう」
 最初は息をひそめるようにしていたビアンカだが、じりじりと、日にちばかりが経っていく。
 部屋に閉じ込められているうちに、ビアンカはとうとうじっとしていられなくなった。
(国へ、帰ります。わたくしがここにいても、良いことは何一つありません)
 それに世話係のハリーという青年、やはり、リーカ国の後宮で会った男に似ている。だがハリーは、兄弟がいるようなことは何一つ言わない。
(聞かない方が……良いのかもしれないわ……)
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