王女・ヴェロニカ

:2:

 そもそも、マイクとビアンカは、それほど親しい間柄ではない。
 マイクの出自も知らなければ、なぜ彼がリーカ国の後宮を自由にフラフラ出入り出来ているのかも、知らない。
 しかし、ヴェロニカもフィオも、すれ違う役人たちも、誰もかれもがマイクを信頼しているし、王や大臣たちは、彼をヴェロニカの夫に、と思っている節がある。 
(悪い人では、ないわね……。少なくとも、ヴェロニカさまと対等に戦える腕前を持つ人はマイクくらいしか思い浮かばないし……)
 そのマイクと、ハリーは顔や背恰好がよく似ている。
 毎日一緒に過ごせば過ごすほど、その思いは強くなる。
 だがハリーは武術とは縁がないだろう。どちらかというと、料理や裁縫が得意なタイプと思われる。
(もしも……マイクとハリーが生き別れの兄弟だったら……? でも、憎み合っている兄弟かもしれないわよね……)
 自分が父を憎んでいるように、片方が片方をひたすら憎んでいることだって、あり得る。

 そんなビアンカの心中を知ってか知らずか、ハリーは今日も穏やかな笑顔だ。
 毎日腕にいっぱいのカラフルな花を抱えて、ビアンカのもとへやってくる。
「どうにかしてビアンカさまの無事をヴェロニカさまにお知らせしなければいけません」
「……ヴェロニカさま、お元気かしら」
「ビアンカさま救出のために、ヴェロニカさまがこちらへ向かったことは確認いたしました」
「え、どうやって……?」
 驚くビアンカに、ハリーは人懐っこい笑みを浮かべた。
「ヒーリアさまは、大変優秀な密偵を大勢抱えていらっしゃいます。それを、ちょっと使わせていただきました」
 『側室』と『密偵』が結びつかなくて疑問符を浮かべるビアンカに、ハリーは相変わらず人懐っこい笑みで解説してくれた。
「密偵と暗殺者と莫大な資産をもった実家、これがなければ、ここでは生きていけないんです。毎日誰かが殺されて、毎日足の引っ張り合いです」
 世の中にはいろんな後宮があるものだ。リーカ王国では考えられない。
「ハリー、あの、わたくし、ここ数日、ずっと考えていたのです。わたくしは、ここから逃げます」
 驚かれるかと思ったのだが、さすがヴェロニカさまのご友人ですね、とハリーが笑った。
「決めてしまわれたのですね」
< 81 / 159 >

この作品をシェア

pagetop