王女・ヴェロニカ
「なかなか哀れな生い立ちの男だが、性根と血筋は文句なしじゃ。世が世なら、一国の王子とし暮らしていたであろう男だ。ではな、達者で暮らせ」
 
 この日から、ハリーとビアンカは必死で脱走計画をたてた。
 最難関はこの王宮を抜け出すこと。後宮を出た後は、無法地帯だ。
 色と欲に狂った大臣や兵が闊歩している。高貴そうな美少女など、危険極まりない。
 だが、王宮を抜けて城下町を抜けてしまえば、すぐに国境になっているヴェッテローザ山脈が見える。
「山越え、そこから先の旅は、お任せください。僕は、旅には慣れています」
 ビアンカとハリーは、ヒーリア主催の宴に積極的に参加し、商人や踊り子たちから王宮周辺の話も、聞いた。
 ビアンカは、彼らの話を聞いているうちに、この国がとても「危うい」ことを知った。
 誰もかれもが、王族の遊蕩と王位争いにくたびれ、難民がどんどん増えている。
「リーカと戦争をしている場合ではないというのに……王子の、コロン十三世への執着は酷くなるばかりだよ……」
 高笑いをする、まるで話の通じない王子は、今頃どうしているのだろうか。
 ときどきビアンカの様子を見に来るが、何をするでもなく自慢話をして去っていく。 
「ビアンカさま、おひとりで宴に出席させてしまってすみませんでした」
「ハリー! どこへ行っていたの? 朝から姿が見えないから心配したのよ」
「城下町の、騎士団の詰め所へ行っていたのです」
 言いながらハリーはビアンカをテラスへ誘った。その丸テーブルに燭台を置き、このあたりの絵地図を広げた。
「やはり、ヴェロニカさま率いる大軍がすぐそばまで近付いているようです。山を越えた先、ジャジータの町で落ち合うことを目指しましょう」
「そううまく、行くかしら?」
「きっと、ビアンカさまのお父上も、ジャジータの町に滞在、或いは通過したでしょう。それを察したヴェロニカさまも、ジャジータの町へ寄ると思うのです」
 もっとも、ヴェロニカが強行軍で王宮へ押しかけてきたら入れ違いになってしまうのだが、その時は引き返してくるヴェロニカ軍を、ジャジータの町で待てばいい。
 それにジャジータの町からリーカの王宮へ迎えを頼んだって構わないだろう。なにせビアンカは、コロン十三世の側室なのだから。
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