王女・ヴェロニカ

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 ハリーが情報を集めて予測した通り、ヴェロニカ軍はジャジータの町にずいぶん近づいていた。
 普段なら十日はかかる道のりを七日で駆ける、こんな強行軍ができるのは、高い士気のおかげである。
 だが、士気が著しく低い人が先頭集団にいた。
 グーレースにこんこんと叱られた、ヴェロニカとマイクである。
「……お前のせいだからな、ヴェロニカ」
「マイクが洗濯さえしなければ、叱られなかったのよ!」
「俺のせいだって言うのかよ!」
「きまってるでしょ!」
 荷馬車から放り出されて、歩兵の如く歩いて進軍するように言われたため、二人は歩いているのだがすぐに小競り合いになる。
 口げんかでおさまるわけがなく、すぐに取っ組み合いになる。
 ヴェロニカの棍とマイクの剣は当然取り上げられているので素手での殴り合いだ。
 その都度、行列は二人の傍を冷やかしながら通過していくので、我に返った二人は走って「所定の位置」へ戻らなければならない。
 その子供じみた挙動に、ついに激怒したグーレースが二人に命令を下した。
「ジャジータの町を偵察してきていただきたい。危険であれば赤い旗を町の入り口に掲げるのです。よろしいですかな、ヴェロニカさま、マイク、任務ですぞ。軍人としての任務ですからな!」
「はぁい……」
「……いくぞ、ヴェロニカ」
「え、もう行くの?」
「明るいうちに少しでも進んでおきたい。俺はこのあたりに詳しくないが、賊が出るという話もきいた」
「ふうん……物騒な話ね」
「お前ね、賊が出ないリーカ周辺の方が珍しいんだぜ……。とにかく、師匠、行ってきます」
「うむ。ああ、そうだ、マイク。万が一ということがある。これを持っていけ」
 グーレースに手渡されたのは、銀色のペンダントだ。複雑な彫刻が施してあるメダルだが、裏には王家の紋章が刻まれている。
 これを所持できるのは、王家の者のみ、それも王の血を引く者のみだ。
「グーレース師匠、なんで俺に渡す?」
「……効果的に——臨機応変に使いなさい。身を守ることもあるだろう」
 いってきます、と笑顔で飛び出していく二人を見送りながら、グーレースは言いようのない不安に襲われていた。
 
 鍛えられた馬は、砂漠を軽快に走る。しかも乗り手が好戦的なことを承知しているのだろう、馬たちは巧みに『砂漠の生き物』を避けた。
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