王女・ヴェロニカ
 ヴェロニカやマイクが『獲物』に気付いた時には、もう馬が勝手に向きを変えているのだ。
「あーっ、また倒し損ねた……どんどん遠ざかって行くぜ、オオスナグマが……」
「なんか悔しい……」
「まあ、帰りに倒そうぜ」
「ねぇマイク、あそこの大岩の傍……なんか建物か屋根が見えない?」
「どこだ?」
 馬の背で器用に伸びあがったマイクが本能的に危機を察知したとき、馬たちが急に速度を落とした。
 というか、停止した。前足で宙を掻き、悲痛な嘶きをあげる。いつの間にか周囲には白い煙が充満している。
「うおっ! どうした!?」
 視界の端で捕えたヴェロニカの馬も同様で、ヴェロニカが必死に馬を宥めている。
「どうした、どうした……落ち着け……」
 首筋にかじりつきながら馬たちの足元を見れば、何やら罠のようなものが張り巡らされている。
「ヴェロニカ、馬を捨てて逃げ……」
 どさり、とヴェロニカが馬から落ちた。その体に黒い縄が巻きついている上、気を失っているらしい。
(やべぇ……ヴェロニカ助けねぇと……連れて行かれる……)
 だがマイクの体にもどこからか飛んできた縄がギリギリと絡みつく。
「おいっ、誰だ……」
 麻袋を被せられて、マイクは自分が誰かの肩に担がれたのを感じた。
 運ばれていく方角からして、怪しげな建物の方だろう。そして建物の周囲にあった畑には、見覚えのある草が生い茂っていた。
(ヴェロニカ、お前の疑問の答えはきっとこれだ……)
 マイクの現在本業は、海賊だ。おおっぴらにできない荷も、多く扱っている。その中に、あの草もあったし、あの草を加工したものも、あった。
 麻袋の中でマイクは忙しく頭脳を働かせた。
 ヴェロニカを守りながら、薬物製造の証拠を掴む。そして、誰が薬物を作らせていて、どこに卸しているのかも、探りたい。
(なんで俺こんなに必死になってんだろうな。金にもならねぇし、船もほったらかしだ)

 コロン十三世の治める国が、平和であってほしいと思った。
 両親の首を落としたエンリケがリーカ王国に寝返ったと聞いて、憎しみが湧いてきた。
 後宮でいじめられているビアンカを時々みかけていたが、ざまあみろ、と思う自分が嫌で、自分の部屋に籠りがちになった。
 そうこうしているうちに、王宮内でエンリケを見かけるようになった。
< 86 / 159 >

この作品をシェア

pagetop