王女・ヴェロニカ
 真正面から遭遇したらエンリケを殺してしまいそうで、王宮を飛び出した。
 そんな自分が、ビアンカ救出のために走り回っていることが、不思議だ。
(……ヴェロニカ、お前のせいだからな、覚えとけよ!)
 内心苦笑したところで、どさっ、と乱暴に投げ出されて息が詰まった。
「……おい、もう少し丁寧に扱えよ」
「あん? なんだこの男、気が付いてるぜ。このクスリに耐性があるとは珍しいな」
 被せられていた袋がはずされ、目の前の光景にマイクは愕然とした。
「なっ……」
 思いのほか広い建物の中に、ガラの悪い男女が何人もいる。
 山賊や盗賊などではない。もっと大きな、——しかも、悪名高い——組織だ。
「ようこそ、ピッカ一団のアジトへ。お前らはどこの国の人間だ?」
「俺らをどうするつもりだ?」
「仲間にするか、然るべき国へ売り飛ばすか。いずれにせよ、金になる」
 後から連れてこられたヴェロニカの麻袋がはずされた。
 ぐったりとしたヴェロニカの顔を改めた若い男が奇声を発した。
「お頭! この女、すげぇいい女ですぜ! 若くて美人で……どこのお姫さまだろう?」
 お頭と呼ばれた大男がヴェロニカに近づき、乱暴にサーモンピンクのドレスを破った。
「見かけによらず、良い体してるじゃねぇか……」
「ま、まて、その女に手を出すな!」
 思わず叫んだマイクに、男たちの視線が集まった。お頭が、マイクの前に屈みこむ。
「良家のお姫様とならずものが、手に手を取って駆け落ち……いや、逆か? 良家のお坊ちゃまが、侍女を連れて逃避行、か?」
 どっちでもいいだろ、とマイクは吐き捨てた。
 ヴェロニカの身分を明かすのが得策なのか、自分のかつての身分を名乗った方が得策なのか、はかりかねたのだ。
「……面白い。おい、二人まとめて納屋に押し込め! 逃がすなよ。今夜のお楽しみだからな……」
 お頭の一言に、男たちがどっと沸いた。
(師匠、やべぇよ……本当に危機的状況だぜ……)
 どうやって危機を乗り越えたらいいのか、皆目見当がつかない。そのままヴェロニカとともに妙な薬を飲まされ、マイクは意識を失ってしまった。
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