王女・ヴェロニカ
 喉を絞められたヴェロニカがバタバタもがくが、頭は相当な怪力の持ち主らしい。そのまま床にたたきつけようとした頭の腕に、マイクが飛びついた。
「お、お頭、女は若くて綺麗な方が高く売れるんだ、傷つけちゃ値が下がる……」
「あん? お前、この女の連れだろ? 売るのか」
「違う、買う! だから……こいつを放してやってくれ。頼む」
 何言ってんだこいつ、と周囲の賊が大笑いする。だが、頭は意識を失ったヴェロニカを乱暴に放り出すと、腰の短剣を引きぬいてマイクの喉元にピタリとあてた。
「お前、ただの金持ちの坊ちゃんじゃねぇな?」
「俺は海賊だ。自分のテリトリーに入ってきた金目のものはすべて自分のものにする。あんたらも同じだろ? つまり、俺らは頭のものだ。だから……その女を俺に売ってくれ」
「お前だって品物だぞ、どうやって金を払う?」
「言っただろ、俺は海賊だ。船に戻ればいくらでも金は都合できる」
 すっ、と剣が横に引かれた。ピリピリとした痛みが喉に走る。
「なんで海賊がこんな砂漠にいるんだ? しかも女連れで」
「ジャジータの町の、情報屋を頼ってきた。ノア王子がリーカと戦を始めたんだろ、これは金儲けのチャンスだからな。この女は、俺の雇い主の娘だ。将来親の仕事を継ぐための勉強で、一緒に来たんだ」
 お頭は、ギラギラ光る眼でマイクを睨み据えた。もう一度剣が横に引かれた。だが怯むことなく、マイクも頭を睨みかえす。
「ふん……ここでお前を船に帰すほど俺はお人よしじゃないんでね。しかし買い手が決まったとなると、多少キズものになったってかまわねぇ。おめぇら、その女を好きにしな」
 待ってましたとばかりに、男たちがヴェロニカに群がっていく。
 ただでさえボロボロのドレスがビリビリと音を立てて破られていく。誰かがヴェロニカの肌に触れたのだろう、滑らかだ、と感想を漏らした。
「ま、待て! 待ってくれ……」
「どうした、坊主?」
「……俺が、やる」
「あん?」
「俺がお前ら……ここにいる全員、満足させてやる。だから、女には指一本触れるな。さあ、誰からだ?」
(ヴェロニカ、起きるな。こんな俺を、見るなよ。お前は知らなくていいことだからな)
 念のため、左耳のピアスに仕込んだ眠り薬を、口移しで呑ませる。
(お前の唇、柔らかいな……)
 こんなときでなければ、密かに喜んだかもしれない。
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