王女・ヴェロニカ
 医師・ジュリアンや、王妃付きの侍女たちが気を利かせて部屋を後にする。それを確認したビアンカが、セレスティナの布団をそっと剥いだ。
「セレスティナさま、少し失礼いたします……」
 呼吸や脈、瞼、胸の音……丹念に確認した後、ヴェロニカに耳打ちした。
「……ヴェロニカさま、例の袋をお持ちですね?」
「ええ、持ってきたわ」
 手に提げていた袋を出して見せると、ビアンカがほっとしたように笑った。
「よかった。その中から、黄色い錠剤と、茶色のとげがついた小さな白い葉っぱを取り出してください」
 袋は、何年も前にビアンカがプレゼントしてくれたもので、その中には、木の実や錠剤、葉っぱや貝殻などが詰め込まれている。
 いずれも、いざというときの薬、食糧、毒、解毒剤として使える。
 その上、袋は水を濾過することも、保管することもできる珍しい物だ。
「セレスティナさまのご病気は、リッサンカルア近辺でよく使われる遅行性の毒草によるものです」
 ヴェロニカは頭の中で、リッサンカルア近辺の地理や情勢、軍事情報を展開させた。
(天候不順による内乱続きで、隣国侵略や策略を巡らせる余裕はないはず)
「この毒に対してはリッサンカルアの民のほとんどは抗体を持っているので、もっぱら国外で高値でとりひきされています」
「たしか、リッサンカルアは薬草が豊富に取れる国よね。国庫を潤しているのも、薬草だと聞いているけれど……」
「実際は、毒草ですわ……。この薬草を煎じたものを飲めば、きっとよくなります」
 錠剤を指でつぶせば、どろりと液体が出てきた。その液体に、小さくちぎった葉を浸す。すると、葉が溶けて液体の色が濃くなった。
 ビアンカは、その液体をそっとセレスティナの口元へ流し込んだ。
「セレスティナさま……お願いです、一口で良いので飲んでください……」
 祈るようなビアンカの声が寝室に響き、こくり、こくり、とセレスティナの喉が動いた。
「よかった……。これで熱は下がって脈も落ち着くわ……。セレスティナさま、まだ呼吸は苦しいと思いますけれど、きっとよくなりますから」
 結局その日は、朝日が昇るまでヴェロニカとビアンカがセレスティナの傍で看病を続けた。
(何も聞かず看病させてくれたジュリアンに、感謝よ……)
 窓を開けて、部屋の空気を入れ替えるビアンカが、小さな声で呟いた。
「……ヴェロニカさま」
「なあに?」
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