王女・ヴェロニカ
 マイクは、ヴェロニカとの間で、男女を意識したことはない。自分が人として生きて行くことに必死で、気がついたらいつもヴェロニカが傍にいた。
 師弟の関係、幼馴染の関係だと思えるようになっただけでも、成長したな、とグーレースに褒められたくらいだ。
 いつの間にか、そこから一歩……いや、ブーツのつま先のさらに半分ほど、気持ちが違う方向へ飛び出ていたらしい。

 ヴェロニカが目を開けた時、頭の上には大きなランタンが置いてあり、見慣れたマイクの背中があった。
 ドロドロのべたべたになったマイクが、疲労困憊で横になっている。
 しかも、傷がいくつも付いている。
「……マイク……マイク?」
 ゆっくり体を起こすと、胸のあたりにマイクのジャケットがかけてあり、ドレスはビリビリで手足にはいくつもの傷がある。
 ヴェロニカが目覚めたことに気付いたマイクがこちらを向き、いつもと変わらない人懐っこい笑顔を浮かべた。
「へっ……ヴェロニカ、無事でよかった」  
「マイク、その傷は……? 噛み傷……?」
「妙な性癖の奴がいてな。ま、お前が相手させられなくて良かった」
 ヴェロニカがマイクの傷に触れようとした瞬間、ゆらり、と蝋燭の炎が近付いてきた。
 小太りの男が、よろよろと近づいてくる。
「……いたいた……お前……俺はまだ満足してねぇんだわ……相手、してくれよ」 
「悪ぃな、今日はもうお終いだ。さすがの俺もクタクタだ」
「ひひっ、お前、まだまだ大丈夫だろ。このタトゥーが入ってるってことは、リッサンカルアの王族専用奴隷ってことだろ?」
「え……?」
「俺はリッサンカルアの出身なんだ。エンリケさまの部下だったんだぞ」
「へぇ、じゃあアンタ、エリートさまか。なんでこんなところにいるんだ? エンリケは今、リーカ国にいるのに」
 げっへっへ、と小男は下品な笑い声をたてて、マイクの頬をなぞる。その厭らしさにヴェロニカが反射的に動こうとしたが、マイクがヴェロニカの手を握って抑えた。
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