王女・ヴェロニカ
目指すところ
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 「俺の祖国はここからさらに北へいった小さい国だ。森と湖が綺麗なところだった。両親は、午前中は王様業、午後は農業。そんな呑気な国で、俺は皇太子だった」
 
 ある日、湖でとれる高価な真珠欲しさに、リッサンカルア軍が攻め込んできた。
 マイクは弟・ハリーの手をとって必死に逃げた。
 だが、リッサンカルア軍は非情だった。城に火を放たれたため、王族は外に逃げるしか道がない。
 次々と家族が捕らわれ、兄弟と集められた民の目の前で、優しかった両親の首が転がった。
「首を落とした男は、親父の首を高々と掲げて叫んだ。我が名はエンリケ、この国を落としたぞ、ってな……」
 背中にくっついたヴェロニカが、小さく息をのんだ。
 このときの男の顔と声を、マイクは脳裏に刻み込んだ。絶対に許さない、そう誓った。
「俺は皇太子だったから殺されるもんだと思った。でも、リッサンカルアの王が酔狂なやつでな。俺を後宮で飼うことにして、弟は異国に売り飛ばしやがった」
 奴隷の証がこれだ、とマイクは左腕のタトゥーをさした。
「このタトゥーのベースになっている模様が、ソレだ。ここまで弄ってあるから、まさか気付く奴がいるとは思わなかった」
 マイクがタトゥーを指先で弾いた。ヴェロニカは、マイクのタトゥーをファッションだと思っていた。
 実際、野性味が増したマイクには、よく似合っていた。
「……その時ね? その……手練手管、身につけたのは……」
「おう。昼夜を問わず老若男女の相手をさせられた。本当に、地獄だった」
 ちなみに、マイクに格闘術や武術を教えてくれたのは、その時の『相手』だった男だ。
 何を思ったのかその男は頻繁に訪ねてきては武術の手ほどきをして、書物を持ってきてくれた。
 ひっそりと鍛錬し、書物を読むことでなんとか己を保っていたある日。捕らわれていた塔の扉が突然、外から破られた。
「入り口に、おっさんが立ってた。俺はてっきり新しい相手が来たんだと思ったんだが、親父さんはマントで俺の体を包んで抱き上げてくれた」
 そのままリーカ王国の王宮に連れて行かれた。
 今度はここで飼われるのかと思ったが、衣食住に教育に……気付けば「マイク王子」などと呼ばれていた。
 弟がいることなど伝えたことはないが、ちゃんと行方を調べていて、ハリーを救出したという知らせが届いたときは本当に驚いた。
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