王女・ヴェロニカ
「リーカ王国が良い国で、親父さんもセレスティナさまも、グーレース師匠も、ミラさんも本当に良い人で……。俺は幸せ者だ」
 そう言ってマイクは、ざぶん、と湯にもぐった。
 幸せ者だと思ったのは本当だ。だが同時に、エンリケがどれだけ憎いかも、改めて認識してしまった。
 しかし、ビアンカと姉妹のように親しいヴェロニカにそれを伝えれば、ヴェロニカが哀しむし、苦しむだろう。
 そしてきっとビアンカは、何も知らない。というか、ビアンカには、知らせたくない。きっとビアンカが苦しむ。
 ヴェロニカが苦しむことも、ビアンカが苦しむことも、望んでいない。
 だから湯の中に吐き出してしまおうと思った。

 呼吸の限界まで潜って顔を出せば、傍にいたはずのヴェロニカがいない。
 ぐるっと首をめぐらせてみれば、浴室の端にある、寝台のようなところに座っている。
「ヴェロニカ?」
「これ、見つけたの。楽器に湿気は禁物なのに、ダメな賊ね」 
 ギターのようなハープのような、不思議な楽器だ。ヴェロニカはそれを、優雅に奏でる。
 長い付き合いだが、ヴェロニカが楽器を演奏する姿を見るのは初めてだ。
 しかも、歌っているのは異国の恋の歌——本人が歌詞を理解しているかどうかは疑問だが。
「ヴェロニカ、お前、職に困ったら吟遊詩人になれるぞ」
「じゃあわたしが歌うから、マイクは踊り子ね」
「ええっ!? ……普通逆だろ?」
「だからお金が集まると思わない? 物珍しさっていうのかな。ジャジータの町で試してみない? グーレースが知ったら卒倒するかな?」
 ぷっ、とマイクは噴き出した。ヴェロニカのこういう明るさに、何度救われたかわからない。
「いいな。とにかくグーレース師匠と落ち合って、ビアンカ助けてノア王子を一叩きして、国へ帰ろう」
「エンリケをつぶす計画を練り直すわ! マイク、手伝ってね」
 いさましいな、とマイクは笑った。
「早速にでも計画を練り直したいところだが……悪ぃ、頭がまわらねぇ……」
「わたしはまだ薬が残ってるのかな、今なら千人相手に戦えそうな感じよ」
 あちゃー、とマイクが嘆いた。薬物が抜けきっていないのだろう。
「なあ、ヴェロニカ、もう一回歌えよ、さっきのアレ」
「うん、いいよ」
 
 「……だからって、普通ここで寝る!?」
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