王女・ヴェロニカ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 マイクが思いのほか純情すぎた王女の扱いに困っている頃、ビアンカとハリーはジャジータの町目前で足止めを食っていた。
 山道の出口に軍が陣取り、ノア王子が仁王立ちになっている。
「……ハリー、どうやって切り抜けるか考えましょう」
 ハリーひとりなら、崖や道なき道を通過することも可能だ。だが、気丈にふるまっているが、ビアンカはここまで来る間にすっかり疲れている。
 山歩き用の服装ではないため、露出した肌のあちこちは傷が出来ているし、サンダルを履いた足はどこかで捻ったのか、腫れている。
「あ、ハリー、この葉っぱ! 危険な薬物の原料よ。これを少しだけ噛むと、一時的に元気が出るの」
「え、ええっ!? ビアンカさま……?」
 ビアンカは躊躇うことなく葉っぱを口に含む。
「効果が出てくればこの足でも道なき道が行けるわ。ハリー、お願いがあります」
「なんでしょう?」
「もしここで離れ離れになっても、必ずジャジータへ向かいましょう。陛下やヴェロニカさまに願って、連れ戻されたほうと、ヒーリアさまを助けるのです」
 まとっていたヴェールについた木屑を払って立ち上がるビアンカの頬はわずかに上気し、呼吸も荒い。
 ハリーは、わずかに心配になった。
「ビアンカさま……?」
「王子は、わたくしが目当てです。わたくしは、コロン陛下をおびき寄せる餌、簡単に殺されはしないでしょう」
 すっ、と立ち上がったビアンカは、背筋をまっすぐ伸ばして声を上げた。
「王子、わたくしはここです。王宮からの逃走に失敗しました」
 王子は俊敏に動いて、乱暴にビアンカを肩に担いだ。
「がっはっは、やはり歴戦の王女と言ってもたいしたことはないな、愛しきコロンが来るまで後宮に閉じ込めておけ」
「コロン陛下は、あなたのものにはなりません」
「何を言うか! 欲しい物は全部手に入れる、それが王族の特権だろう? だからコロンも手に入れる。毎日楽しくて良い気持ちにさせてやれば、国や妻子のことなど忘れるだろう? 王とはそういうものだ、がっはっは!」
 ビアンカの知る王族は、決してそんなものではない。
(こんな国の後宮へ送り込まれなくて本当に良かった……)

 乱暴に連れて行かれるビアンカを見送りながら、ハリーはすでに身を翻して走りだしていた。
 目指すところはジャジータの、ヴェロニカ軍だ。
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