強引上司の溺愛トラップ
「お前らが思ってるのはさぁ、子供の頃とかに、親と親とが家業の繁栄とかのために将来を決めた間柄、みたいなやつだろ? 言っとくけど、俺三男だし、ただのサラリーマンだし、許嫁がいる意味全くないから」

「でも、いるんですよね?」そう聞いたのは、私ではなく一島くんだった。


「……実家が会社を経営しててな。つっても、大企業とかじゃねーぞ。ただ、両親は世間体を気にする人だったから、自社といい関係にある先のお嬢さんとかを、数年前に俺や兄とかに紹介してきたことがあったんだ」

それが許嫁って言うんじゃないですか、と一島くんは言うけど。


「そんな縛りのあるものじゃないんだって。全然断れる縁談っていうか。というか、縁談にすらなってない。相手の人とは以前から知り合いだったけど、お互いに何とも思ってなかったから見合いどころかデートすらしたことねーよ。相手も、今は語学留学か何かで海外行ったみたいだし」


課長はさっきからずっと冷静だ。課長の言っていることは本当なのだろう。少し安心した。



「なぁんだ。もっとドラマみたいな話があれば面白かったんですけど」

カレーを完食し終わるのとほぼ同時に、一島くんが課長にそう言った。


「お前は俺の恋愛事情を何だと思ってんだ」

「あはは。すみません。じゃ、俺先に戻りますね」

カレーのお皿が乗ったトレーを持ちながら、一島くんは席を立った。


彼の姿が完全に見えなくなったのを確認して、課長は私に言う。

「……ということなんで。変な誤解しないでくださいね」

何故か敬語で話す課長は、うろたえる私のことをバカにしているのかな、なんて思ったけど、私からやや目を逸らす課長の耳はほんのり赤くなっていて、あ、照れてるのかな?と思った。


「……はい。分かりました」

私は素直にそう返すことが出来た。


辺りに人の気配はあまりないとはいえ、まったく誰もいない訳じゃないし、何よりここは会社だ。一島くんが先に営業室に戻ったとはいえ、私たちの関係が周りにバレる危険性のある会話や行動は出来ない。


……それでも。



【今度の週末、どこ行く?】



目の前に座っている課長から、そんなLINEが届いて、胸がキュンとする。

秘密の恋も、悪くない。




【どこでもいいです】

【どこでもいいが一番困るんだよ。決めろ】

【そんな言い方しなくてもいいじゃないですか……】

【は?】


ウサギが泣いているスタンプを送ったら、クマが怒っているスタンプが返ってきた。この怒りっぽい性格が治れば、もっとありがたいんですが。
< 115 / 179 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop