強引上司の溺愛トラップ
食事を終えて、ひとりでエレベーターで一階に降り、そのまま歯を磨くためにトイレに向かっていた時だった。


「課長…?」

廊下で辺りを見回す、不思議な様子の桜課長がいて、思わず声を掛けてしまった。


「ん、あぁ、コピー機の……」

課長は振り向き、低い声でそう答えた。

コピー機? 誰かが私のこと『コピー機の渡辺』って紹介したな?
で、午前中同じ課でいっしょに仕事していたにもかかわらず、課長は私のことを『渡辺』じゃなくて、『コピー機』って覚えちゃったってことでしょうか?


……別にそれでもいいけど。



「あの、どうかしましたか…?」

正直、課長はやっぱり怖い。だからなるべくかかわりたくないのだけれど、様子がおかしかったから声を掛けないといけないよね。



「別に、何でもない」

課長はそう答えて、また辺りをキョロキョロと見回す。



「あの……」

「だから何でもないって」

「……エレベーターなら、あっちですよ」

「……」



…ビンゴだった。


ていうか、職員玄関の前にエレベーターがあるんだから、朝エレベーターの前を通ってきたと思うんだけどな。


課長、もしかしたら結構な方向音痴なのかもしれない。
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