強引上司の溺愛トラップ
すると、渡辺の兄はまたにっこりと笑って。

「いやぁ、俺はね、嬉しいんですよ! だってね、妹はこんなにいい子なのに、この大人しい性格と地味な見た目から、今までひとりも彼氏いたことないんですよ!」

「そうなんですか……」


今までひとりも、か……。まあ、異性と話すの苦手だって言ってたしな。性格もおとなしいし。もしもの話だが、渡辺が今まで何十人もの男と付き合ってたって話した方が驚くわ。



渡辺の兄は続ける。

「元々男性は苦手だったんですが、前に一度だけ合コンに行った時に、男の人にトラウマ出来ちゃったみたいで。だから上司さんが妹のことをそう思ってくれていることが、ほんとに嬉しいんですよ!」

「いや、だから俺は……」

「ん?」

渡辺の兄は、にっこりと笑って、また違う道に曲がろうとした。



「……そうですね」

俺は力なくそう頷いた。
とはいえ、本当に誤魔化したければ、いくらでも誤魔化せたはずだ。

ふと後ろを振り返り、渡辺を見る。相変わらず気持ち良さそうに寝ていた。


「妹、可愛いですよね」

渡辺の兄にそう聞かれ、俺も思わず「そうですね」と答えた。

でも、決して家族の前だからお世辞を言った訳ではなく、俺の本心だったと思う。


ただ、

「……前髪が」

「え?」

「前髪で、たまに笑った貴重な顔が見えにくいのが残念です」


……あれ、何言ってんだ、俺。そんなに酔ってるつもりなかったのに、思ったより酒が回ってるのかもしれない。

俺の発言に、渡辺の兄はフハッと笑った。


……ていうかそもそも、俺が初対面の相手にこんなに話せるのは、酒が入ってるからだろう。
でも、人見知りの俺でも話しやすい雰囲気みたいなのが、渡辺の兄にはあった。




家の近くに着くと、渡辺の兄は車を停めてくれた。


妹にはもちろん黙っとくんで! と言われたので、それはまあ大丈夫だろう。



俺はお礼を言って、車を降りた。
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