強引上司の溺愛トラップ
「す、すぐにお付き合いとか、そういうことは考えられないっ、んですけど! でも……真剣に考えたいって……」

「……うん」

「課長は背も高いし、ちょっと怖いところもあるし、名前も◯也じゃないし、正直、理想の男性ではないんですけど……」

「◯也って何」

「だけど、理想じゃなくても、もっと近付きたいって思って……」


課長は、理想と違うだけじゃなくて、誰よりも仕事が出来て、隙がなくて。怖いところを覗けば完璧で、どこか近寄りがたい雰囲気とかもあった。


でも、そんな完璧な人が、私なんかのことでそんなに悩んでいてくれてたなんて。嬉しくないはずがない。


……ううん、完璧なんかじゃない。近寄りがたくなんてない。

恋愛に疎いところは、私と同じだ。いや、私よりは当然色んな経験あるんでしょうが。

それに、ふと辺りを見回すと、洗濯物やゴミやら洗うべきであろう食器が散らかっていて。ああ、片付けが苦手なのかなって思った。そんなところも、完璧なんかじゃなくて、かわいいなって思ってしまった。


……だけど、しばらくして、ようやく自分の発言と行動の恥ずかしさに気付き、私は慌てて課長から目を逸らした。



そんな私の頬へと、課長の右手がスッと伸びてくる。

頬に添えられた右手によって、俯いた顔を動かされ、課長と目を合わせられる。


恥ずかしくて逸らしたはずの視線が、至近距離で見つめられると、全く逸らせない。


「……それでいい」

「課長……」

「よろしく」

「……はい」

「ふたりきりの時は名前で呼んでいいか?」

「え? えと……」

「佐菜」


ドキン、と大きく心臓が跳ねた。



そのまま課長の唇が、ゆっくりと私に近付いてくる。


キス、されるの?

初めてのキスなのに、こんな風に、彼氏じゃない人となんてーー



だけど、そのことが嫌じゃないなんてーー


逃げたくない、なんてーー……。





ピロ〜ピロロ〜〜ピロ〜〜ン。





「……」


課長が眉間にシワを寄せて私を見る。

いい雰囲気のところで、私の携帯が鳴ったからだ。しかもメールじゃなくて電話だから、なかなか鳴りやまない。
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