右肩の蝶、飛んだ。
「遅い。もうタクシーでいい」
「待って、送るから」
嘘を付けば良かったのに。
石垣さんとの関係を上手に隠していたら、私が反応しなくて蝶矢を傷つけれたかもしれないのに。
中途半端に身体を燻る熱は――自分ではきっと処理出来ないんだろうと思う。
「……抱けると思った? このままイケるって油断した?」
蝶矢はその言葉に反応はしなかった。
「嘘をついてもどうせ後で剥がれた時の方が胡蝶は傷付くからね。言うよ。試しに抱いた。結婚しても大丈夫か試しにね」
「まあ、初夜に経験ないガキなら面倒だったんでしょ? 蝶矢も、きっと直臣さんも」
「好きな人の初めてが俺なら嬉しいじゃん」
「そのいしがきさんの嬉しい初めてを、試しで奪ったアンタはもう黙ってて」
ぽっかり浮かぶ月を見上げて、そう強気に突っぱねるしかなかった。
聞いて良かった。踏みとどまれた。
「じゃあ。次はオーダーメイドウエディングドレスのフェアで」
事務的に蝶矢にそれだけ告げると、送ってくれたお礼も言わず、電車に乗り込んだ。