右肩の蝶、飛んだ。



仕事だ。
契約は直臣さんだし、連絡等の事務の仕事は私が女将にするだけだ。


この、今だけ。今だけを誤魔化したら蝶矢と関わることはないんだ。


仕事の今だけ。
私は何度も心の中でその言葉を唱える。
唱えて唱えて、連呼して自分を安心させていく。


長い商談が終わった。
私には、1年にも10年にも感じられた話し合いは、時計を見れば2時間ぐらいの出来事に過ぎなかった。
女将さんが仕事に戻られたので、私たちは部屋のドアまで見送りし、蝶矢と3人になってしまった。

「御二人はまだ時間があるんですか?」

蝶矢のその言葉に、心臓が握りつぶされそうだ。

「良ければ、美味しい地ビールでも飲みませんか。行きつけの店があるのですが」
ビールと聞いて、私は直臣さんの顔を見上げてしまう。直臣さんは結構、お酒が好きで飲み比べとかしちゃうから、その誘いに乗らないわけはない。

「嬉しいです、是非、御誘いを受けたいのですが、今日の報告をすぐに欲しいと本社に言われていまして」
(え……)
「これからも何度か伺うと思いますので、その時は是非お願いしたします。積もる話はその時にどうぞ」


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