右肩の蝶、飛んだ。
絶対に直臣さんなら誘いを受けてしまうと思っていたけれど、そうか、彼女にすぐに報告したいんだ。
ちょっとだけ胸が痛んだけれど、次の言葉は私の不安を拭い去ってくれた。
「では、また駅まで送ります」
「それも、大丈夫です。胡蝶とゆっくり町並みでも見ながら帰ります」
直臣さんの笑顔は崩れないままだったけれど、早く帰りたいならば車の方が早いのに、それをしなかった。
「今後も宜しくお願いしますね」
爽やかに笑うと、蝶矢ももうそれ以上は言わなかった。
「はい。宜しくお願いしますね」
穏やかに笑った彼は、自然体だった。
擬態だと私の直感が思ったのを否定してくれるような、自然体だと嬉しいけれど、私は顔を直視出来なかったので判断は出来なかった。
「ありがとうございます。直臣さん」
ホテルを出てすぐに、おずおずと御礼を言うとにっこり笑ってくれた。
「思い出したくない過去の人間なんかと仕事ってキツイかもだけど、頑張ろうね」
直臣さんは、蝶矢を私の中で要らない過去の人物と切り離したらしい。
けれど、トラウマはそれを許さない。私が貴方とそんな関係にならないのはトラウマが現在進行中なんだ。
今も、蜘蛛の糸のように張り巡らされたソレに、簡単に私は捕まっている。