右肩の蝶、飛んだ。
「あはは。酷いな」
「ワインの味が分からなくなるから」
念入りに歯磨きをしていたら、お皿にチーズを乗せてグラスを二つ持った彼が上機嫌に笑っている。
「そんな、初々しい反応をしちゃう君も可愛いんだよね」
「……窓」
口を拭きながら、ソファの向こうの揺れるカーテンを押さえた。
そのまま、窓の鍵を閉めてカーテンを閉めた。
「あれ。窓開けてたかー。まあ、9階だから誰も入れないよね」
「蝶なら入って来るかもしれないよ。その壁の蝶に釣られて」
「あはは。ロマンチックだね」
ワインを開けると、妖しい甘い香りが立ち込める。
その匂いだけじゃ私は酔えない。
「もし、蝶がこの部屋に入っていたらどうする?」
「逃がしてあげなきゃだね」
「ひらひらと、貴方の肩に留ったら?」
直臣さんはワインを一気に飲み干して、空になったグラスを覗きながら、優しく笑う。
「俺の所に飛んで来たのなら――俺の蝶なのかな。じゃあ、俺の蝶ならば、誰にも見せてあげない。閉じ込めちゃおうかな」