その嘘に踊れ

他人だからね。

目も合わさず、アオはやって来た店員とジェットカウンターに向かう。

ビジネスマンの背後を通過するその瞬間、


「心配しなくていい。
おまえはもう、日本を離れろ」


と、ひとりごとのように呟いて。

他人だからね。

後ろ姿を見送ったりせず、ビジネスマンは玉を打ち続ける。

アオの気配が遠退いて、やがて完全に消えてから、


「心配するよ。
おまえを死なせたくないンだよ…」


と、本当のひとりごとを悲痛に呟いて。

言えない言葉。
聞こえない言葉。

言えたとしても、聞こえたとしても、お互い目を伏せてなかったことにするしかない言葉。

彼らの命は、彼らのモノではないのだから。

いや…

彼らには命なんてないのだから。

カードと交換した金をパンツのポケットに捩じ込んで、アオは店外にある換金所を出た。

仰いだ真夏の太陽が灰色に見えるのは、レイバンのせいなんかじゃない。

ケバケバしいはずの繁華街も灰色。
駅の改札ですれ違う人も灰色。
電車の窓を流れる街並みも灰色。

世界はモノクロ。

そう言えばちょっと前までは、いつもこんな色に囲まれていたな、とアオは思う。

早く帰って、愛しい人を見たい。
愛しい人がいる、色鮮やかな景色が見たい。

たとえそれが、目覚めれば二度と戻れない夢の景色だとわかっていても。

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