その嘘に踊れ
アオはエンジンをかけてバンを走らせ、マンションの裏路地に停車した。
バックドアを開け、RVボックスの中から銀色の薄いケースを出して中を確かめ、サルエルパンツの後ろポケットに捩じ込んで。
人目に触れないよう脇に隠してあったクリーニング店のロゴ入りビニールバッグをそっと取り出して。
あぁ…
終焉の足音が聞こえる。
目覚めは近い。
彼女は悪夢から。
俺は…泣きたくなるほど幸せな夢から。
切なげに目を細めたアオは、ビニールバッグを一度だけ強く抱きしめてから、全ての表情を消して歩き出した。
いつも、浮き足立つキモチを必死で抑えて、このマンションを見上げた。
いつも、駆け出しそうになる足をなんとか宥めて、このエントランスをくぐった。
いつも、上昇速度の遅さにイライラしながら、このエレベーターに乗っていた。
いつも、結局この廊下は走っちゃったな。
この鍵を回して。
この扉を開けて。
靴を脱いで、寝室に入れば…
「お帰り」
そう、こう言っていつも、パズルから顔を上げた愛しい人が俺を迎えてくれた。
誘拐犯に『お帰り』だってさ。
可笑しいね。
泣きもせず、怖がりもせず、微笑みながら『お帰り』だってさ。
怒ったり、拗ねたり、困ったり、笑ったり、笑ったり、笑ったり…
ほんと、可笑しいね。
可笑しすぎて、涙が出るね。