その嘘に踊れ
解放された彼女が一番に目にするのは、都内とはいえのどかな郊外にある小規模な警察署。
『犯罪者である自分』と『被害者である彼女』という立場を改めて認識させ、警察に駆け込んでもらうという目論見は大失敗に終わったが…
それでも彼女は、まず警察署に行くだろう。
定期や現金はスクールバッグから抜いてあるから、自力では家に帰れないし。
それ以前に、手錠に繋がれたままだし。
後ろ手に拘束された女子高生が助けを求めてやって来れば、警察は詳しい事情を聴くだろう。
黒木が派遣した代理人なりなんなりが引き取りに現れるまで、彼女を保護するだろう。
それでいい。
今夜一晩、彼女の安全が確保されればいい。
今から俺が、彼女の死を望むクライアントを殺すから。
金の出所が消えれば、アイツらだってこの件から手を引くから。
明日が来れば、君は元の世界へ戻れるよ。
ごめんね、しーちゃん。
こんな終わりにしたくなかった。
ありがと、しーちゃん。
こんな終わりしか選べなくても、俺は君に出逢えてよかった。
さよなら、しーちゃん。
綺麗な綺麗な、俺のシズク。
どうか、どうか、幸せに。
今の俺を君が見たら、『眼球の水分含有量が限界を超えた』なんて言われちゃうンだろ、な。
アオの瞳と同様、バンのテールランプも霞む景色の中でボンヤリと滲んでいる。
その赤い光を見つめて。
投げ出された時に擦りむいた膝を見つめて。
首を回して警察署を見つめて…
もう一度、視線を戻して。
遠ざかるバンを見送りながらゆっくりと上半身を起こした透子は、顎のラインで切り揃えられた美しい黒髪を揺らして俯き、ギリっと奥歯を噛みしめた。