その嘘に踊れ
『芦原透子』には、懇意にしている人物はいなかった。
カレシはいない。
クラスメートの範疇を越える友人もいない。
戸籍をちょっと覗き見して、母・清子の死も確認したし、高齢で清子を儲けたらしい祖父母も『透子』が生まれる前に鬼籍に入っていた。
親しい者がいないというコトは、死を望まれるほどの恨みとも無縁というコト。
つまりこの殺害依頼には、怨恨ではなく利害が絡んでいるというコト。
そう結論づけた俺は、『透子』の父親、日銀総裁・黒木昭彦とその周辺に的を絞ってさらに調べ上げた。
でもねー?
調べれば調べるほど、シズク自身が言った通り『正直、わかりません』だったのよ。
だって黒木には、『透子』の他にも数人の隠し子がいたンだもん。
それどころか、現在進行形の愛人までいたンだもん。
なんて驚きの節操ナシ。
だから、スキャンダルを恐れた黒木がクライアントなら、『透子』一人が狙われる理由がない。
頂点に立つ者の宿命で、数多くいる黒木の敵がクライアントでも、『透子』一人が狙われる理由がない。
黒木本人にとってもその敵にとっても、『透子』だけが特別な存在というワケではないのだ。
なのに、なぜなンだ?
なぜ、彼女だけが殺されなければならないンだ?
依頼を受けたアイツらから手懸かりが掴めないかと、連絡役に探りを入れてもらったりもしたが、やはり収穫はナシ。
結局、動機もクライアントも謎のまま。
でも、もういい。
もうすぐクライアントに会えるンだから。
もうすぐ君に仇なす者を、この世から消せるンだから。