その嘘に踊れ
星もない。
月明かりも届かない闇の中。
リズミカルに壁を蹴ってバランスを取り、アオはマンションを下りる。
今夜はいつもより慎重。
背中に愛しいぬくもりがあるから。
「『夜明け前が一番暗い』?」
そのぬくもりが、これまた愛しい声を耳元で上げた。
屋上に来る前に思い出していた曲名も知らない歌を、うっかり口ずさんでいたらしい。
だいぶ浮かれてンな、こりゃ。
「アハハー、聞かれちゃったかぁ。
ハズカシー」
「これだけ近けりゃ聞こえて当然じゃない?」
ハイ、ご尤も。
近いってか、重なってンだもん。
シズクをおんぶしてンだもん。
細い腕が首に巻きついて、背中とお腹がピッタリくっついて、柔らかな髪が耳朶を擽ってェェェェェ!?
あぁ… 幸せ。
生まれてきてよかった。
罪を背負ってでも、生き続けてよかった。
君と出逢えてよかった。
交わるはずがないと思っていた道は、触れることこそなかったものの、いつの間にか複雑に絡まり合っていたンだね。
互いに共鳴し合い。
影響し合い。
だけど遠ざけ合い。
それでも、どうしても惹かれ合って…
あの雨の日の『偶然』という名の運命が、今やっと『未来』になって重なり、この手の中に。