その嘘に踊れ

星もない。

月明かりも届かない闇の中。

リズミカルに壁を蹴ってバランスを取り、アオはマンションを下りる。

今夜はいつもより慎重。
背中に愛しいぬくもりがあるから。


「『夜明け前が一番暗い』?」


そのぬくもりが、これまた愛しい声を耳元で上げた。

屋上に来る前に思い出していた曲名も知らない歌を、うっかり口ずさんでいたらしい。

だいぶ浮かれてンな、こりゃ。


「アハハー、聞かれちゃったかぁ。
ハズカシー」


「これだけ近けりゃ聞こえて当然じゃない?」


ハイ、ご尤も。

近いってか、重なってンだもん。

シズクをおんぶしてンだもん。

細い腕が首に巻きついて、背中とお腹がピッタリくっついて、柔らかな髪が耳朶を擽ってェェェェェ!?

あぁ… 幸せ。

生まれてきてよかった。
罪を背負ってでも、生き続けてよかった。

君と出逢えてよかった。

交わるはずがないと思っていた道は、触れることこそなかったものの、いつの間にか複雑に絡まり合っていたンだね。

互いに共鳴し合い。
影響し合い。

だけど遠ざけ合い。

それでも、どうしても惹かれ合って…

あの雨の日の『偶然』という名の運命が、今やっと『未来』になって重なり、この手の中に。

< 280 / 291 >

この作品をシェア

pagetop