ボロスとピヨのてんわやな日常
〇月□日(曇り)午前十時

 どうして俺はいつも損な役回りなのかねと思う。
 喧嘩は好きじゃないし、表立って行動するのも好きじゃない。それなのに、黄金のタマゴから生まれたこのヒヨコは、何か引き寄せる力でも持っているのだろうか。騒ぎに巻きこまれる災難続きである。
 昨晩、西田家の家族が帰ってきてからは大騒ぎだった。取り敢えず、俺がムカデやカエルの死骸は埋め直したものの、カラスに敵だと間違えられて突かれるわ。ピヨを連れているところを人間に見つかりかけるわ。心身ともに疲れ果てて、そのまま西田家の縁の下で一夜を過ごしたわけである。
 どうやら、通報で来た警察が言うには、窓から犯人らしき指紋が見つかったらしい。虎ノ介が手袋を脱がせたからだろうな。ピヨが奪い取った靴も修理されていたらしく、顧客リストというやつから犯人が絞れるのではとも言っていた。
 虎ノ介はというと、「お父さんとお母さんと幸太にたくさん撫でてもらった」「幸太に、虎ノ介は僕のヒーローだよと言ってもらえた」と超がつくほどのご機嫌ぶりだった。つまり、疲れ損をしたのは俺だけである。
 まあ、餌場を守れたから良しとするけど。そう自分を無理やりにでも納得させないと野良猫は生きていけない。
「またきてねー」などと言う、虎ノ介の言葉を背にして、俺が向かった場所は川である。
 何のためにきたのか。それは餌の確保である。実は、俺には自慢できる特技があるのだ。
「ふふふ……見てろよ、ピヨ。今日は俺の独壇場だ。そして、崇めるのだ。この俺さまを」
 不敵に笑う俺を見ながら、ピヨは首を傾げて「ピヨ」と鳴く。
 相変わらずの余裕の反応だな。まあいい。数十分後には、ピヨも俺を尊敬のまなざしで見るはずだ。
 川のほとりまで向かった俺は、自慢の尾を動かしながら川に浸ける。待つこと五分余り。俺は川に浸した尾に確かな感触を覚えて、勢いよく引きあげた。
 そして、俺の頭上を飛んだ物は、ピヨの目の前に落ちる。
「はははっ、見たか、ピヨ。これが俺の特技、尻尾魚釣りだ!」
 釣りあげたのはニジマスだ。大きさも申し分ない。たった五分でニジマスを釣れる野良猫なんて俺くらいなものだ。
 しかし、ピヨには尾がない。尾がない奴に魚釣りはできない。もうこの勝負見えたな。ピヨのチート設定も、この俺さまの魚釣りの業には平伏すのみ。
 大人げないだって? 大人げないわけないだろう。子どもにはいつか、大人がすごいってところを見せてやらなければいけないのだ。
 と、思っていたらピヨが納得したように首を縦に振る。えっ、何か名案でもあるの? と聞こうと思ったら、そのまま近くの草むらに入って姿を消した。
「おいおい、今の時期はマムシやアオダイショウがいるかもしれないから、注意しろよ」
 ピヨのことだから心配ないかもしれないが。心配で草むらに入ってみたら、腹を大きくした蛇が寝ていた。なんてオチがあったら、もうコメディではなく、ホラーである。
 しばらく待っていると、ピヨが草むらから姿を見せた。その手にあるのは手製の釣竿だ。
 木の棒や重りの代用になる石はたくさん落ちているし、釣り糸や針は釣り客が忘れていった物だろう。しかし、それだけじゃ、魚は釣れないぞ。餌はどうするつもりだ?
 すると、ピヨの表情が引き締まる。その眼は自分の熟練した釣り師と同じだ。自分の羽根を一枚取ったピヨは、釣り糸の先に付ける。そして、それを奇麗なフォームで投げた。
 落下地点は二十メートルほど先か。こいつ、何でもありなの? いやいや、どんなに上手くても釣果がなければ意味がないのだ。
 しかし、直後に浮いていた羽根が沈む。その瞬間、ピヨは勢いよく餌を引き上げた。見事、釣り上げられた魚はピヨの頭上を越し、俺の頭の上に載る。
 載った魚を手に取って見ると、大きさは俺が釣ったものより少し小さい。ようやくピヨに勝った! と思いきや、ピヨは二回目を投げる。すぐに引きがきて、またピヨは勢いよく引き上げた。
 そして、二匹目も見事、俺の頭の上に載る。これも俺が釣ったのより小さい。
「ピヨ、そろそろ諦めろ! 今回は俺の勝ちだ――」
 と、声高々に勝利宣言した時だ。無数の魚が落ちてきた。
「ちょっ……ピヨ。待て、タンマ。ストープッ!」
 ピヨの連続釣りで次々と釣り上げられた魚が雨のように降ってきたのだ。こうなると俺が負けを認めるしかない。まさか、猫の俺が魚に潰されて死にそうになるとは予想もしなかった。
 ちくしょう。しばらく餌に困らないのは嬉しいけど、大人の威厳が生まれたてのピヨに。なんか、悔しくなってくるのですが……。
 落ちてきた魚たちを振り払い、ほっと息を吐いてから顔を上げる。ピヨの野郎、覚えていろよ。いつかリベンジしてやる。
 と、目の前にいると思ったピヨがいない。
 しかし、俺がピヨだと思った気配はそこにいて――。
「グワッ」
 黄色い体に茶色の縞模様の鳥。ピヨではないそいつは、つぶらな瞳で俺を見ながら、首を傾げていた。
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