ボロスとピヨのてんわやな日常
勝手な摂理
〇月□日(曇り時々雨)午後三時
混乱した時こそ冷静に、自分の精神状態を把握して、物事を整理して考えないと駄目だ。
ピヨがいなくなったのは、果たしてどの段階か。これが今回の重要な点である。
「ピヨが近くにいたことは覚えてる。背中に乗る感触もあった。そして、ここにきたらいなかった。ということは途中で落ちたのか。どこだ?」
とはいえ、クロたちに追いつかれないように必死だったので、背中にピヨが乗っていた感触が、どこでなくなったのかは思い出せない。
「戻って捜すか。けど、クロたちに見つかったら? ピヨはピヨで一匹でも平気そうだし、なにも俺が心配する必要は――」
しかし、ピヨは鳥小屋から苦労して盗ってきた黄金色のタマゴから生まれたヒナである。手放すのは惜しいし、他の奴に食われるのも癪だ。
「けど、リスクがありすぎるよな。もし、クロに見つかったら喧嘩をうられるのは目にみえてるし……って、俺、なんで独り言をしているんだ?」
そうだ。考えてみると俺はずっと独りものだった。それが、ピヨのチート設定のお蔭で食えることもできなくて、仕方なく世話をする羽目になった。
それからは、奴はピヨ語、俺は猫語。俺の言葉はピヨに通じても、ピヨ語は俺には通じない。いや、正直言うと俺の言葉がピヨに通じているのかどうかもわからない。もしかしたら、雰囲気だけで感じ取って返事しているだけかもしれないし。
そんな日常生活を送っていたので、いつの間にかそれが普通になってしまっていた。
ピヨが近くにいるのも、通じているのかもわからない猫語の独り言をするのも。
「そうだよ。あいつから解放されるチャンスじゃないか。考えてみると、あいつがきてから変な争い事や厄介事に巻きこまれ続けていたんだ。疫病神の奴から逃げて、ようやくいつもの生活に戻れるんだ。うん、捜さなくていい。家に帰ろう」
見上げると、ぶ厚い雲が空を覆いはじめている。はやく帰らないと雨が降ってきそうだ。
前にもいったと思うが、俺は繊細さんなのである。雨に濡れたら水も滴るいい男になるのは確実だが、風邪をひくわけにもいかない。それに俺は猫だ。皆、知っているように猫は濡れるのが嫌いなのである。
「あいつを食べられなかったのは仕方ない。うん、仕方ないんだ。忘れよう」
自分に言い聞かせて歩く。ピヨがいなくなったのを見たら虎ノ介が煩そうなので、今日は西田家に行くのはやめることにする。となると佐藤家か。あそこのおかかご飯は美味いんだよな。そういえば、そのおかかご飯の上でピヨは生まれたんだっけ。そして、おかずの煮干しを食われて――。
「……って、なんで俺、あいつのことを考えちゃってるの!」
叫ぶが、それに突っこんでくれる奴も、相槌をうってくれる奴もいないわけで。
なんとなしのため息が出て、ふと気がつくとカルガモの声が聞こえてくる。迷子だったグワも母親のもとで雨をしのぐのだろう。
「親か……」
俺は親の顔を知らない。目が開く前に捨てられたからだ。ダンボール箱の中でないていた俺は婆さんに拾われた。それが佐藤家の婆さんだった。しかし、佐藤家の中に入ったことはない。そのため、俺にとっては飼い主ではなく餌をくれるだけの存在だ。俺は雉猫だから、親も雉猫なのだろう。もしかしたら、どこかで会っているのかもしれないし、死んでしまっているのかもしれない。
自然界というやつは、いつも残酷なのだ。突然、死を迎える奴もいる。こうやって、突然の別れを経験することだってあるんだ。
ふと、顔をあげると女子高生の笑い声が聞こえた。愛奈と同じ制服を着ている。そういえば、愛奈が自転車置き場でいじめに遭った時、ピヨは頑張って助けようとしていたっけ。次に愛奈に会った時、ピヨがいないと、どんな顔をするのだろうか。
「……俺は馬鹿だ。勝手に別れたと思っているだけじゃないか。捜しもしていないのに」
鼻先に冷たいものが当たる。雨が降ってきたようだ。そう思うと、すぐに道には大量の水玉模様ができていた。それは重なって大きな黒い染みとなる。
雲が光ったのも見えた。光っただけだから雷はまだ遠そうだが、予想通り本降りになりそうだ。しかし、これは機と見たほうがいい。猫は雨を嫌うので、クロに会う危険は少なくなるからだ。
ヒナは濡れたらどうなるのだろうか。死ぬのか、体を壊すだけなのか。俺は全力疾走できた道を戻っていた。
混乱した時こそ冷静に、自分の精神状態を把握して、物事を整理して考えないと駄目だ。
ピヨがいなくなったのは、果たしてどの段階か。これが今回の重要な点である。
「ピヨが近くにいたことは覚えてる。背中に乗る感触もあった。そして、ここにきたらいなかった。ということは途中で落ちたのか。どこだ?」
とはいえ、クロたちに追いつかれないように必死だったので、背中にピヨが乗っていた感触が、どこでなくなったのかは思い出せない。
「戻って捜すか。けど、クロたちに見つかったら? ピヨはピヨで一匹でも平気そうだし、なにも俺が心配する必要は――」
しかし、ピヨは鳥小屋から苦労して盗ってきた黄金色のタマゴから生まれたヒナである。手放すのは惜しいし、他の奴に食われるのも癪だ。
「けど、リスクがありすぎるよな。もし、クロに見つかったら喧嘩をうられるのは目にみえてるし……って、俺、なんで独り言をしているんだ?」
そうだ。考えてみると俺はずっと独りものだった。それが、ピヨのチート設定のお蔭で食えることもできなくて、仕方なく世話をする羽目になった。
それからは、奴はピヨ語、俺は猫語。俺の言葉はピヨに通じても、ピヨ語は俺には通じない。いや、正直言うと俺の言葉がピヨに通じているのかどうかもわからない。もしかしたら、雰囲気だけで感じ取って返事しているだけかもしれないし。
そんな日常生活を送っていたので、いつの間にかそれが普通になってしまっていた。
ピヨが近くにいるのも、通じているのかもわからない猫語の独り言をするのも。
「そうだよ。あいつから解放されるチャンスじゃないか。考えてみると、あいつがきてから変な争い事や厄介事に巻きこまれ続けていたんだ。疫病神の奴から逃げて、ようやくいつもの生活に戻れるんだ。うん、捜さなくていい。家に帰ろう」
見上げると、ぶ厚い雲が空を覆いはじめている。はやく帰らないと雨が降ってきそうだ。
前にもいったと思うが、俺は繊細さんなのである。雨に濡れたら水も滴るいい男になるのは確実だが、風邪をひくわけにもいかない。それに俺は猫だ。皆、知っているように猫は濡れるのが嫌いなのである。
「あいつを食べられなかったのは仕方ない。うん、仕方ないんだ。忘れよう」
自分に言い聞かせて歩く。ピヨがいなくなったのを見たら虎ノ介が煩そうなので、今日は西田家に行くのはやめることにする。となると佐藤家か。あそこのおかかご飯は美味いんだよな。そういえば、そのおかかご飯の上でピヨは生まれたんだっけ。そして、おかずの煮干しを食われて――。
「……って、なんで俺、あいつのことを考えちゃってるの!」
叫ぶが、それに突っこんでくれる奴も、相槌をうってくれる奴もいないわけで。
なんとなしのため息が出て、ふと気がつくとカルガモの声が聞こえてくる。迷子だったグワも母親のもとで雨をしのぐのだろう。
「親か……」
俺は親の顔を知らない。目が開く前に捨てられたからだ。ダンボール箱の中でないていた俺は婆さんに拾われた。それが佐藤家の婆さんだった。しかし、佐藤家の中に入ったことはない。そのため、俺にとっては飼い主ではなく餌をくれるだけの存在だ。俺は雉猫だから、親も雉猫なのだろう。もしかしたら、どこかで会っているのかもしれないし、死んでしまっているのかもしれない。
自然界というやつは、いつも残酷なのだ。突然、死を迎える奴もいる。こうやって、突然の別れを経験することだってあるんだ。
ふと、顔をあげると女子高生の笑い声が聞こえた。愛奈と同じ制服を着ている。そういえば、愛奈が自転車置き場でいじめに遭った時、ピヨは頑張って助けようとしていたっけ。次に愛奈に会った時、ピヨがいないと、どんな顔をするのだろうか。
「……俺は馬鹿だ。勝手に別れたと思っているだけじゃないか。捜しもしていないのに」
鼻先に冷たいものが当たる。雨が降ってきたようだ。そう思うと、すぐに道には大量の水玉模様ができていた。それは重なって大きな黒い染みとなる。
雲が光ったのも見えた。光っただけだから雷はまだ遠そうだが、予想通り本降りになりそうだ。しかし、これは機と見たほうがいい。猫は雨を嫌うので、クロに会う危険は少なくなるからだ。
ヒナは濡れたらどうなるのだろうか。死ぬのか、体を壊すだけなのか。俺は全力疾走できた道を戻っていた。