ボロスとピヨのてんわやな日常
今回はピヨ視点です。
いつも見えていないピヨの視点をお楽しみください。

◆     ◆     ◆     ◆

 今にも雨が降りそうな灰色の雲。その雲を何かに喩えるなら、今の心境のようだピヨ。
 ――と、仰向け状態で、ピヨは思ったんだとか思わなかったとか。
「ボロスと、あのヒヨコを捜せ。追いかけて捕まえろ。今度こそ八つ裂きにしてやる」
 クロの怒号が周囲の音をかき消すほど大きく響き渡っていました。ヤミとスミが、その迫力に押されて怯えたように「はい」と返事をします。
 ピヨはというと、ボロスの背中に乗ったまでは良かったものの、いきなり進路を阻止した枝にぶつかって落ちたのです。落ちた場所はピヨの背丈以上の高さがある草の群生地。そのため、声を出さなければ見つからないはずです。
「ピピヨピ……」
 溜め息ともとれる小さな鳴き声を出して起きあがったピヨは、ふと目の前にいる猫の存在に気づいて後退りしました。雉猫なのでボロスのように見えますが違います。目の周りに白い毛が多い、年老いた猫です。気配もなく接近した謎の猫は何故、ピヨをすぐに襲わなかったのでしょうか?
「ピヨピヨピピ」
 羽根をばたつかせながら話すピヨに、雉猫はひげをすこし動かしてから口を開きました。
「ほう……君は面白い質問をするものだな。何故、見ているだけなのかだって? 別に不思議なことじゃないさ。誰だって興味深いものは、観察してみたくなるものだろう」
「ピヨッピヨヨッ」
「言葉がわかるのかだって? そうさな……まあ、いろいろ経験してきたからだろうなあ」
 驚いて聞くピヨに老猫は答えながら鼻を動かし、目を細くします。その動きは、まるで風の臭いを捉えているかのようです。
 ――何はともあれ、ピヨも作者もピヨ語を理解できる動物が現れて安心です。
「ピヨヨピピヨ」
「ふむ……どこかで雉猫を見なかったとな。君を落して走っていった猫のことでいいのかな。物凄いスピードだったからな。呼び止めることもできんかったわい」
 年老いた雉猫はピヨに鼻先で合図をしました。
「雨の臭いがしてきたな。互い濡れるのは嫌だろう。あそこの店先で雨宿りをしようか」
 両者同意で店の屋根の下まで行くと、老猫の予想通り、道に小さな水玉模様ができ、あっという間に大粒の雨に変わりました。
「ピヨピヨピ……」
「うん? 別れた、あいつのことが心配か。大丈夫だろう。長い野良生活をおくっとる猫は、そう簡単にのたれ死なんものさ」
「ピヨッピヨピー」
「迷子になったのはあっちだって? ふむ……では、そういうことにしておこうか」
 その瞬間、光ったかと思うと雷が落ちます。落雷の音に合わせてぴょこんと跳びはねたピヨを見て、老猫は笑いました。
「今のは大きかったな。雷ははじめてか? 大丈夫、ここにいたら安心さ。しかし、どんなに強がっても自然には敵わんわな」
 小刻みに震えるピヨは、どうやら雷が苦手になったようです。口数もお互い少なくなり、店の屋根から落ちてくる滴を二匹は眺めつづけます。
 通り雨だったのでしょう。しばらくすると、雨もやんで光が差してきました。目の前には奇麗な虹が出ています。
「ピヨピー」
「ははっ、虹もはじめてだったか。そうだな……この世の中には、怖いものだけじゃない。奇麗なものもたくさんあるんだよ。ほら、どうやら君の相棒がきたようだ」
 老猫にそう言われて顔を上げたピヨの視界には、びしょ濡れになったボロスが入ってきました。ピヨが猫と一緒にいるのに驚いたのでしょう。目を大きく見開くと、慌てて駆け寄ってきます。
「おい、じいさん。こいつは俺の餌なんだからな。だから、助けたからと言っても何もやらんぞ。ただ、礼だけは言っておく。ありがとう」
「いやいや、食べるつもりはないさ。彼は、この年寄りのよい話相手になってくれたからね。楽しい時間を過ごさせてもらったよ」
「えっ! じいさん、こいつの言葉がわかるのか?」
「ああ、わかるよ。君の名前がボロスだということもね。そこで物は頼みなんだが、彼が他の猫に食べられないように見ていた礼として、川向こうまで連れていってくれないか」
 ボロスはすこし悩んだ仕草を見せると、軽く息を吐きました。ピヨは、このボロスの癖を知っています。そして、その癖が出た後に告げる答えも。
「仕方ないな。たまには違う場所で餌を捜すのもいいか。わかったよ、連れていくよ」
「ピヨピピッピピー」
「ああ、彼は君が言った通りの猫のようだな」
「ちょっと待て、ピヨは何て言ったんだ? 気になるんだけど!」
 ピヨはボロスには「教えないで」というジェスチャーをしましたが、老猫は微かに笑って答えました。
「気さくで物事頼まれたら断れない性格だとさ。それと……頼りになるとね」
「おおっ、まさかピヨが俺さまを褒めるとは! そうだろう、そうだろう。ようやく俺の魅力に気づいたか」
「褒めたら調子にのるとも聞いたよ」
 ボロスがピヨを睨みつけますが、ピヨは何処吹く風とでもいうように虹を見て感動するかのような声を出します。そして、ボロスも虹に気づいたようでした。
「何だ、虹が出ていたのか。今日の虹はいつもより奇麗に見えるな」
「今日の虹は特別だろうね」
 すこし悪戯っぽい笑みを見せた老猫の言葉に、ボロスは観念したように息を吐きます。三匹は店先を後にすると、川向こうに行くために歩きだしました。
 そして、二匹を追いかけようとした時、ピヨは思ったのです。
 ――どうして、ボロスには黒い影があるのに、おじいさんにはないのだろう。
 不思議に感じながらも、ピヨは虹に追いつこうと二匹を追いかけたのでした。
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