ボロスとピヨのてんわやな日常
盗んだ物を食べたら、俺も同じことをした仲間として見られてしまうのではないか。
リッターに食べていいぞと勧められても、俺は手を出すことができずに迷っていた。
「わーい、ご飯だ。今日はチキン味かな。それともチーズ味?」
そんなことを考えていると、三匹の子犬たちが俺を押しのけてドッグフードの袋に飛びついて破る。破れてできた穴から零れ落ちた粒を一気に口の中に入れると、カリカリと音を立てながら美味しそうに食べはじめた。
うまそうに食べるのを見ていると、自然と生唾が出てくる。音を出して生唾を飲みこむと、リッターは笑って鳥肉を噛みちぎり、俺の目の前に投げた。
「猫なら牛肉より鳥だろうからな。そっちはドッグフードでいいか?」
俺が困っている様子を見て、ピヨもなんとなく察したらしい。リッターの問いに返事をすることなく首を傾げてみせる。俺に、どうしたらいいのかと動きで訊いているのだ。
このままじっとしていても時間が過ぎていくだけだ。俺は意を決して口を開いた。
「リッター。これは人間から盗んだものか? いや、別に変な意味で訊いたんじゃないぞ。俺もさ、こいつを鳥小屋から盗んできた身だから、気になって訊いただけで」
「勘が鋭いな。その通りだ。牛肉と鶏肉は肉屋から俺が。ドッグフードは、そこにいるムクが取ってきたんだ」
当たり障りのないよう質問したので、リッターは俺の心理の奥底までは読めなかったらしい。逆に得意げに説明すると、今度はムクという仲間を紹介した。
「ホームセンターで人間が目を離したスキにね。気づかれた瞬間、かなり怒鳴られたけど、盗ったらこっちのものだからな。これぞ、雑種のたくましさってやつさ」
半垂れの耳。茶と黒が混じった毛色である、ムクが尾を振りながら答える。
気づかれたということは、人間たちはムクがホームセンターで盗みをしたと知っているはずだ。そんな一連の盗み行為が、今回の野犬狩りに発展しているとしたら、リッターたちは、かなり危険な立場にいるのではないだろうか。
「あのさリッター。盗みを続けると、人間の怒りをかう可能性が高くなると思うんだけど、大丈夫かな」
今度は恐る恐る訊いてみる。すると、ムクがあからさまに険しい表情をした。
「人間のことなんて知るか。俺の飼い主なんてな、木に縛りつけた状態で俺を山の中に捨てたんだぞ。首輪から抜け出るのに三日かかったよ!」
ムクの剣幕に離れていたガイも気づいたのか、様子を見にきた。それだけではない。残りの大型犬三匹も俺を見る。小犬たちも食べるのをやめていた。
「落ち着けムク。ボロスのいうことは尤もだ。しかしな、ボロス。俺たちも生きるために仕方なく、そうしているんだ」
リッターが対応しているのを見て、子どもたちを不安がらせないようにしたのだろう。母犬はドッグフードを自ら食べて、子どもたちに食べるよう促していた。
「ここにいる奴らは皆、人間に酷い仕打ちをされている。それなら、生きるために人間から盗むのも仕方ないだろう」
「ボロスくん。君はそこのヒナを盗んだと言ったじゃないか。それと俺たちがすることの、どこが違うというんだ?」
リッターの説得にガイも参加してきた。どうやらガイは、俺が言ったことは間違いであり、俺が鳥小屋で盗んだことも同じだと認めさせたいらしい。けれどすこし認識が違う。
「盗みは確かに悪いことだ。けれど俺は君たちを心配しているんだ。人間相手に悪いことを繰り返すと、必ず人間は報復してくる。その危険性を避けるために、人間との共存を考えなければいけないこともある」
「共存なんか、ごめんだね。人間は俺たちの敵だ。俺はな。人間にタバコを押しつけられたり、石を投げつけられたりしてきたんだ」
俺の応えに、違う犬が割りこんできた。右耳が裂け、毛艶も全くない白い犬だ。おそらく日本犬の雑種だろう。俺は全ての犬に言い寄られて、自分は間違っているのかもしれないと思えてきた。
「おい、もうやめるんだ。お互い間違った考えはしていない。しかし、間違ったことをしているのは事実だ」
混乱しはじめた時、言い争いをとめたのがボスのリッターだった。リッターの言葉は皆が納得する説得力があったのだろう。口を閉ざし、耳を垂れさげて黙りこむ。
「ボロス。俺たちを心配してくれて感謝する。けれど、これが俺たちの考える唯一の手段。生き残るための方法なんだ。わかってくれ」
――俺はどうしたらいのだろうか。目の前には食べたこともないような鳥肉の塊。しかし、それを食べたら同意したことになる。本当にこのままでいいのか?
「ちょっと、外に行って食べ物を探してくるよ。ピヨ、川があったから魚釣りをするぞ」
皆の険しい視線から逃げるように、俺はピヨを背中に乗せて外に出た。毒団子を食べないよう注意してくれたリッターには感謝している。だから、なにか美味いものを見つけたら、お詫びだと渡しにいけばいい。
しかし、俺はこの時、楽観的に考えすぎていた。人間は行動力がない動物だと思いこんでしまっていたのだ。
人間が本格的な野犬狩りをしはじめたと知ったのは、俺とピヨがようやく餌にありつけた頃だった。
リッターに食べていいぞと勧められても、俺は手を出すことができずに迷っていた。
「わーい、ご飯だ。今日はチキン味かな。それともチーズ味?」
そんなことを考えていると、三匹の子犬たちが俺を押しのけてドッグフードの袋に飛びついて破る。破れてできた穴から零れ落ちた粒を一気に口の中に入れると、カリカリと音を立てながら美味しそうに食べはじめた。
うまそうに食べるのを見ていると、自然と生唾が出てくる。音を出して生唾を飲みこむと、リッターは笑って鳥肉を噛みちぎり、俺の目の前に投げた。
「猫なら牛肉より鳥だろうからな。そっちはドッグフードでいいか?」
俺が困っている様子を見て、ピヨもなんとなく察したらしい。リッターの問いに返事をすることなく首を傾げてみせる。俺に、どうしたらいいのかと動きで訊いているのだ。
このままじっとしていても時間が過ぎていくだけだ。俺は意を決して口を開いた。
「リッター。これは人間から盗んだものか? いや、別に変な意味で訊いたんじゃないぞ。俺もさ、こいつを鳥小屋から盗んできた身だから、気になって訊いただけで」
「勘が鋭いな。その通りだ。牛肉と鶏肉は肉屋から俺が。ドッグフードは、そこにいるムクが取ってきたんだ」
当たり障りのないよう質問したので、リッターは俺の心理の奥底までは読めなかったらしい。逆に得意げに説明すると、今度はムクという仲間を紹介した。
「ホームセンターで人間が目を離したスキにね。気づかれた瞬間、かなり怒鳴られたけど、盗ったらこっちのものだからな。これぞ、雑種のたくましさってやつさ」
半垂れの耳。茶と黒が混じった毛色である、ムクが尾を振りながら答える。
気づかれたということは、人間たちはムクがホームセンターで盗みをしたと知っているはずだ。そんな一連の盗み行為が、今回の野犬狩りに発展しているとしたら、リッターたちは、かなり危険な立場にいるのではないだろうか。
「あのさリッター。盗みを続けると、人間の怒りをかう可能性が高くなると思うんだけど、大丈夫かな」
今度は恐る恐る訊いてみる。すると、ムクがあからさまに険しい表情をした。
「人間のことなんて知るか。俺の飼い主なんてな、木に縛りつけた状態で俺を山の中に捨てたんだぞ。首輪から抜け出るのに三日かかったよ!」
ムクの剣幕に離れていたガイも気づいたのか、様子を見にきた。それだけではない。残りの大型犬三匹も俺を見る。小犬たちも食べるのをやめていた。
「落ち着けムク。ボロスのいうことは尤もだ。しかしな、ボロス。俺たちも生きるために仕方なく、そうしているんだ」
リッターが対応しているのを見て、子どもたちを不安がらせないようにしたのだろう。母犬はドッグフードを自ら食べて、子どもたちに食べるよう促していた。
「ここにいる奴らは皆、人間に酷い仕打ちをされている。それなら、生きるために人間から盗むのも仕方ないだろう」
「ボロスくん。君はそこのヒナを盗んだと言ったじゃないか。それと俺たちがすることの、どこが違うというんだ?」
リッターの説得にガイも参加してきた。どうやらガイは、俺が言ったことは間違いであり、俺が鳥小屋で盗んだことも同じだと認めさせたいらしい。けれどすこし認識が違う。
「盗みは確かに悪いことだ。けれど俺は君たちを心配しているんだ。人間相手に悪いことを繰り返すと、必ず人間は報復してくる。その危険性を避けるために、人間との共存を考えなければいけないこともある」
「共存なんか、ごめんだね。人間は俺たちの敵だ。俺はな。人間にタバコを押しつけられたり、石を投げつけられたりしてきたんだ」
俺の応えに、違う犬が割りこんできた。右耳が裂け、毛艶も全くない白い犬だ。おそらく日本犬の雑種だろう。俺は全ての犬に言い寄られて、自分は間違っているのかもしれないと思えてきた。
「おい、もうやめるんだ。お互い間違った考えはしていない。しかし、間違ったことをしているのは事実だ」
混乱しはじめた時、言い争いをとめたのがボスのリッターだった。リッターの言葉は皆が納得する説得力があったのだろう。口を閉ざし、耳を垂れさげて黙りこむ。
「ボロス。俺たちを心配してくれて感謝する。けれど、これが俺たちの考える唯一の手段。生き残るための方法なんだ。わかってくれ」
――俺はどうしたらいのだろうか。目の前には食べたこともないような鳥肉の塊。しかし、それを食べたら同意したことになる。本当にこのままでいいのか?
「ちょっと、外に行って食べ物を探してくるよ。ピヨ、川があったから魚釣りをするぞ」
皆の険しい視線から逃げるように、俺はピヨを背中に乗せて外に出た。毒団子を食べないよう注意してくれたリッターには感謝している。だから、なにか美味いものを見つけたら、お詫びだと渡しにいけばいい。
しかし、俺はこの時、楽観的に考えすぎていた。人間は行動力がない動物だと思いこんでしまっていたのだ。
人間が本格的な野犬狩りをしはじめたと知ったのは、俺とピヨがようやく餌にありつけた頃だった。