ボロスとピヨのてんわやな日常
 ここで俺が何をしたらいいというのだろうか。
 リッターに事情を話して逃げろと伝えにいけばいいのか。いや、彼らに逃げる選択はないだろう。逃げ足が遅い子犬もいるし、人間を憎んでいるものも多い。
 最悪、人間がくるのなら殺してやるという展開になりそうだ。そうなると、確実に彼らは全滅の道をたどる。
 猟銃を持ってきている人間や、ばあさんにやめてくれと縋ればいいか。いや、俺の言葉は人間には通じない。それにリッターたちは人間に始末するとまで考えさせてしまう被害を与えてしまっている。
 全く解決の策が見つからない、まさに泥沼化状態。それなのに、ピヨがじっと俺がどうするのかと、問いかけるように見ている。
 目の前で嫌なのを見たら目覚めも悪いし、朝飯も美味しく食えないというのが俺の心情だ。しかし、どうしようもできないことだってある。今回はそれだと思われた。
「本人たちが改善しようと思わない限り、第三者の俺たちが何を言っても変わらない。だからピヨ。今回だけは、俺たちが何をしようとしても無理だ。諦めるしかない」
 俺の話を聞いてピヨは納得したのだろうか。頬袋に収めていた黒豆を咀嚼しはじめる。
 しかし、ほっとしたのもつかの間、ピヨは羽根をばたつかせながら煩く鳴きはじめた。
「ピヨピピッピッピピピーピヨッピヨッピー!」
「静かにしろ! 俺にはピヨ語が通じないとわかっているくせに騒ぐなよ」
 ピヨの騒ぎように、ばあさんとじいさんが驚いてこちらを見る。それを知ってか知らずか、ピヨはここぞとばかりに激しくジェスチャーをはじめた。
 そして、いきなり駆け出すと、停めてあった小型トラックの荷台にジャンプして乗り、猟銃を突きながら激しく鳴き叫ぶ。
「ヒヨコさんは何かを感じ取っているのかねえ……もしかしたら、犬と友達なのかな」
 ばあさんが突飛な発言をするが、当たらずとも遠からずなので何も言えない。
「まさか。火薬の臭いに反応しただけだろう。では、集合時間がもうすぐだからいくよ。逃げた野犬が襲いかかってくるかもしれないから、今日は家の中にいてくれ」
 じいさんはばあさんにそう言うと、荷台にいたピヨを下におろし、猟銃を点検すると車に乗った。おろされたピヨはというと、じいさんをじっと見てから俺を見つめる。
 瞳から深い心理は読みとれないが、ピヨはじいさんには怒りを、俺にはどうにかしたいと訴えているように思えた。
 俺は動物だ。リッターたちの気持ちはよくわかる。しかし、街では人間に食べ物をもらうことで生きているといっても過言ではない。今日だって、ばあさんに食べ物をもらって腹が満たされたのだ。
 俺たちは動きはじめる小型トラックを見送るしかないんだ。そう自分に言い聞かせる。ばあさんは重いため息を吐くと、気を紛らわすように俺を撫でた。
「もし、あなたたちがあの犬たちのお友達だったら、人間が嫌いになってしまうだろうね。ごめんよ。どうにかしてあげたいけど、もう私には何もできないんだ」
 ばあさんがそう言った瞬間だった。ピヨが俺を見て背中に乗る。同時に俺も体の奥から急に湧きあがってきた熱い想いで、ほぼ条件反射のような勢いで体が動いていた。
 走りはじめたばかりでスピードがあがっていない小型トラックに向かって全力疾走して跳び乗る。先程、諦めろとピヨに言っていたはずなのに、何故、体が動いたのかわからない。
 ただ、うまく感情を言葉にはできないが、たったひとつだけわかっていることがあった。
 ――俺は、朝飯を美味しく食える毎日がほしいだけなんだ。それは高価な食べ物という意味ではなく、もっと言葉では言い表せない最高のシチュエーションがほしいだけだ。
 振り返ると、ばあさんが驚いた様子で俺たちを見ていた。幸いなことに、トラックに乗るじいさんは俺たちが荷台に飛び乗ったことは気づいていないようだ。
 小型トラックはスピードを上げて、リッターたちがいる山へと進んでいく。
「おいピヨ。俺はいつもはこんなことをしない、保守派の猫さんなんだからな。そこ大事なところだから覚えておくように」
 取り敢えずピヨにそう伝えると、ピヨはすこし首を傾げてから首を縦に振る。
 そういえば、似たシチュエーションでピヨに伝えたことがあった気がするな。
 小型トラックは舗装されていない道に入り、ガタガタと音をたてながら進んでいく。行き先に視線を向けると、雲が降りてきて霧となり、山を覆い隠しはじめていた。
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