ボロスとピヨのてんわやな日常
森の鳥たちが騒ぎ、猫の俺が二本足で立つ。そんな俺とヒヨコのピヨ、野犬のリーダーのリッターという異種の三匹が並んでいたら、人間にはどのように見えるのだろうか。
それは、捕獲棒を持って現れた人間の様子を見たらよくわかる。踏み出そうとした足はとまり、ただ俺たちを見て驚いた顔をしている。
そりゃそうだ。猫の俺だって、数か月前まではヒヨコは餌であり、犬は天敵、一緒にいることなど想像もできなかった。人間でも同じだろう。それを証拠に、街ではピヨを背中に乗せているだけで珍しいと騒がれている。
そんな二本足で立った俺が両手を合わせて祈りはじめたのだから、更に異様だろう。リッターは唖然としているし、白い奴も目を白黒させている。俺だって例外ではない。
俺の体は一体、どうなったっていうんだ?
意思に反して動く体。今まで経験したことのない得体の知れない不安が俺に襲いかかってくる。多分、助けを求めてリッターを見た俺の顔は青ざめていることだろう。
次は何が起こるのかと、最悪の事態まで想像していると、今度は一歩二歩と二本足で立ったまま前進し、白い奴の前でとまる。
すると右手が勝手に動いた。いきなり俺は白い奴の頬に猫パンチを炸裂させたのだ。
「ぷぺっ!」
その瞬間、白い奴は十メートルほど飛ぶと、軌道上にあった木に引っかかっていた。
この展開、はじめてじゃない気がするのですがっ!
さすがに温厚なリッターも俺の強行に怒りの表情を見せる。
いやいや、違う。これは俺がしたことじゃないと言おうと思ったが、口に詰め物があるように声が出ない。代わりに、
「静まりなさい。人と犬たちよ。そして耳を澄ませて聴くのです。森の声を」
俺の声ではない慈愛に満ちた声が口から出た。
――って、にゃん語じゃないぞ。これは人間語だ。何で話せているんだ俺?
と、驚いても声が出ないし、体も動かない。
ピヨは勘違いをして、俺の作戦とでも思ったのだろう。森の鳥たちとともに声をあげて、木を揺らさせている。どうやら俺が言った森の声を、鳥たちとともに木々の揺れで表現しようと思ったらしい。戸惑うリッターたちと尻込みする人間たち。思いがけず、とんでもないことになってる!
騒がしいことが嫌いな俺は、人間たちに好奇の目で見られるのは望むところではない。
このままだと駄目だ。無理にでも金縛りを解かないといけない。踏ん張れ俺、頑張れ俺。ぐっと右手を握りこんで力を入れる。
「そうです……彼を叩いた私の手も心も痛いのです。それなので人間よ。彼を許しなさい」
ちょっ、その言葉、今の俺の動きにシンクロしてないか。しかも、無茶苦茶な理屈だと思うのですが!
もう手の打ちようがないと思った時、洞窟から子どもたちが姿を見せた。そして、何故か俺を見て、雷に打たれたかのように動かなくなった。そう、それはまるで、この世にないものを見た時のように――理由は直後にわかった。
いつの間にか霧が晴れて、木々の間から日が差しこんできている。
「猫神さまじゃ!」
それとともに、森の木々を揺り動かさんばかりの声が響き渡った。声の主は野犬狩りにきていた人間のひとり、年長者の声だった。年長者は声を震わせ、俺を見て拝みながら口を開いた。
「祖母に聞いたことがある。むかしむかーし、この村に動物を無闇に殺していた男がいたんだと。その男、いつものように弓と矢を持って森に入ると、見えた鳥獣全てを射落としていった。そこに現れたのが、尾が何股にも分かれた大猫。男の弓と矢を奪い取り、ひと飲みにしたかと思うとこう言ったんだと。わしの大切な仲間たちをよくも射てくれたな。次は弓と矢ではなく、そなたの嫁と子を食ろうてやるぞ」
年長者の話を聞いた男たちが「そんな話、聞いたことがあるか?」と確認し合うが、誰も知らないようで、首を横に振っている。
この年長者、どうやらこのグループの中では一番年上らしい。その年長者の祖母の昔話、というか田舎伝説を誰が知っているというのだろうか。
「猫神さまは森の守り神なのじゃ。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。我々を許したまえ」
年長者が土下座をする。どうやら、光が霧に反射して俺の尾の影が多く見えるらしい。どうやら、子どもたちが驚いたことと、年長者が猫神などと信じ切っていることの原因は、この現象からきているらしい。
いや、違う。このもうひとつの尾の影は俺じゃない。これは――?
「すまん。ボロスくん。君の体を借りて、調子に乗りすぎてしまった」
声に気づいて振り返ると、親父がそこにいた。尾は人の目にも見えるようになった親父の尾だったのだ。しかも前と同じように、てへぺろをしている。自分の親父のてへぺろを見て、喜ぶ息子なんているものかっ!
「謝るより、この状況を何とかしろー!」
苛立ちを言葉に変え、更に爆発した怒りを近くにあった木に猫パンチでぶつける。
すると、苛立ちの言葉は金縛りで抑えられることなく口から出た。今度は人間語ではなく、ちゃんとした俺の声の、にゃん語だ。
ようやく親父の束縛から解放されたと、ほっとしたのもつかの間、猫パンチをした木がメキメキッという悲鳴をあげて、少しずつ傾いていく。
ただの猫が猫パンチ一発で木を倒せるはずがない。木が倒れた時には、全ての人間と犬たちが俺に向かって祈りを捧げていた。
「あっ、すまん。ボロスくん。闘魂注入の力を分けたと、説明するのを忘れていたよ」
今更、説明されても、俺が釈明する余地もなく。
これは、これは俺が望んだ展開じゃないニャー!
俺は誰から答えが返ってくることもない、虚しい叫びを森の中に反響させるしかなかった。
それは、捕獲棒を持って現れた人間の様子を見たらよくわかる。踏み出そうとした足はとまり、ただ俺たちを見て驚いた顔をしている。
そりゃそうだ。猫の俺だって、数か月前まではヒヨコは餌であり、犬は天敵、一緒にいることなど想像もできなかった。人間でも同じだろう。それを証拠に、街ではピヨを背中に乗せているだけで珍しいと騒がれている。
そんな二本足で立った俺が両手を合わせて祈りはじめたのだから、更に異様だろう。リッターは唖然としているし、白い奴も目を白黒させている。俺だって例外ではない。
俺の体は一体、どうなったっていうんだ?
意思に反して動く体。今まで経験したことのない得体の知れない不安が俺に襲いかかってくる。多分、助けを求めてリッターを見た俺の顔は青ざめていることだろう。
次は何が起こるのかと、最悪の事態まで想像していると、今度は一歩二歩と二本足で立ったまま前進し、白い奴の前でとまる。
すると右手が勝手に動いた。いきなり俺は白い奴の頬に猫パンチを炸裂させたのだ。
「ぷぺっ!」
その瞬間、白い奴は十メートルほど飛ぶと、軌道上にあった木に引っかかっていた。
この展開、はじめてじゃない気がするのですがっ!
さすがに温厚なリッターも俺の強行に怒りの表情を見せる。
いやいや、違う。これは俺がしたことじゃないと言おうと思ったが、口に詰め物があるように声が出ない。代わりに、
「静まりなさい。人と犬たちよ。そして耳を澄ませて聴くのです。森の声を」
俺の声ではない慈愛に満ちた声が口から出た。
――って、にゃん語じゃないぞ。これは人間語だ。何で話せているんだ俺?
と、驚いても声が出ないし、体も動かない。
ピヨは勘違いをして、俺の作戦とでも思ったのだろう。森の鳥たちとともに声をあげて、木を揺らさせている。どうやら俺が言った森の声を、鳥たちとともに木々の揺れで表現しようと思ったらしい。戸惑うリッターたちと尻込みする人間たち。思いがけず、とんでもないことになってる!
騒がしいことが嫌いな俺は、人間たちに好奇の目で見られるのは望むところではない。
このままだと駄目だ。無理にでも金縛りを解かないといけない。踏ん張れ俺、頑張れ俺。ぐっと右手を握りこんで力を入れる。
「そうです……彼を叩いた私の手も心も痛いのです。それなので人間よ。彼を許しなさい」
ちょっ、その言葉、今の俺の動きにシンクロしてないか。しかも、無茶苦茶な理屈だと思うのですが!
もう手の打ちようがないと思った時、洞窟から子どもたちが姿を見せた。そして、何故か俺を見て、雷に打たれたかのように動かなくなった。そう、それはまるで、この世にないものを見た時のように――理由は直後にわかった。
いつの間にか霧が晴れて、木々の間から日が差しこんできている。
「猫神さまじゃ!」
それとともに、森の木々を揺り動かさんばかりの声が響き渡った。声の主は野犬狩りにきていた人間のひとり、年長者の声だった。年長者は声を震わせ、俺を見て拝みながら口を開いた。
「祖母に聞いたことがある。むかしむかーし、この村に動物を無闇に殺していた男がいたんだと。その男、いつものように弓と矢を持って森に入ると、見えた鳥獣全てを射落としていった。そこに現れたのが、尾が何股にも分かれた大猫。男の弓と矢を奪い取り、ひと飲みにしたかと思うとこう言ったんだと。わしの大切な仲間たちをよくも射てくれたな。次は弓と矢ではなく、そなたの嫁と子を食ろうてやるぞ」
年長者の話を聞いた男たちが「そんな話、聞いたことがあるか?」と確認し合うが、誰も知らないようで、首を横に振っている。
この年長者、どうやらこのグループの中では一番年上らしい。その年長者の祖母の昔話、というか田舎伝説を誰が知っているというのだろうか。
「猫神さまは森の守り神なのじゃ。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。我々を許したまえ」
年長者が土下座をする。どうやら、光が霧に反射して俺の尾の影が多く見えるらしい。どうやら、子どもたちが驚いたことと、年長者が猫神などと信じ切っていることの原因は、この現象からきているらしい。
いや、違う。このもうひとつの尾の影は俺じゃない。これは――?
「すまん。ボロスくん。君の体を借りて、調子に乗りすぎてしまった」
声に気づいて振り返ると、親父がそこにいた。尾は人の目にも見えるようになった親父の尾だったのだ。しかも前と同じように、てへぺろをしている。自分の親父のてへぺろを見て、喜ぶ息子なんているものかっ!
「謝るより、この状況を何とかしろー!」
苛立ちを言葉に変え、更に爆発した怒りを近くにあった木に猫パンチでぶつける。
すると、苛立ちの言葉は金縛りで抑えられることなく口から出た。今度は人間語ではなく、ちゃんとした俺の声の、にゃん語だ。
ようやく親父の束縛から解放されたと、ほっとしたのもつかの間、猫パンチをした木がメキメキッという悲鳴をあげて、少しずつ傾いていく。
ただの猫が猫パンチ一発で木を倒せるはずがない。木が倒れた時には、全ての人間と犬たちが俺に向かって祈りを捧げていた。
「あっ、すまん。ボロスくん。闘魂注入の力を分けたと、説明するのを忘れていたよ」
今更、説明されても、俺が釈明する余地もなく。
これは、これは俺が望んだ展開じゃないニャー!
俺は誰から答えが返ってくることもない、虚しい叫びを森の中に反響させるしかなかった。