ボロスとピヨのてんわやな日常
○月☆日(晴れ)午前八時
別れ際に長く話すと未練が残りそうなので、俺は挨拶を簡潔にすませると、塩野のばあさんの家を出ることにした。ピヨは何となく不服そうだったが、相変わらず瞳からは感情をうまく読み取れないのでスルーすることにした。
魚屋の親父が街に戻るために車を出すのが今日だ。これを逃してしまったら、街に戻る手段を断たれてしまう。
ここでの犬たちとの生活に不便はなさそうだが、俺たちは違う種族だ。それに猫は自分中心の生き物。群生動物である犬たちと末長く仲良く幸せにやっていけるのか。そう考えると、あのグループはリッターに任せて、俺は街で暮らすほうが良いように思えたのだった。いや、リーダーが豪放磊落で気さくなリッターであるからこそ、それぞれの価値観が大きく違うグループを、正しき道に進ませることができるだろうと思った。
「もう出るのかい? 寂しくなるねえ」
ピヨを背中に乗せて庭を出ようとすると、塩野のばあさんに声をかけられた。そして、ばあさんは出会った時と同じように持っている弁当箱を開けると竹輪を出してくれる。
「犬たちのことは心配しないで、自分の家に戻りなさいな。いつでも玄関の鍵は開けておくからね。気がむいた時に戻っておいで」
亀の甲より年の功とはよくいったものだ。俺は鳴いて礼を言ってから、竹輪をくわえて庭を出た。のんびり歩くのも何なので全力で駆ける。角を曲がるまで、塩野のばあさんは俺を見送ってくれていた。
「ピヨピヨヨピー」
「ボロスくん。どうして泣いているんだとピヨくんが聞いているぞ」
「どこかで物を燃やしているんだろうな。煙が目に沁みて仕方ない。これだから田舎ってやつは大嫌いなんだ」
歩きながらそう答えると、質問したピヨと親父が煙の根源を探しながら「物を燃やしている臭いすらしないのだが」と言う。
口の中の竹輪はすこししょっぱく感じたが、味を堪能するためにのんびりと咀嚼する。
食べ終えた頃には、魚屋の親父が車を停めている場所に到着した。荷台に飛び乗ると、来た時とは違う荷物が幾つか載っている。
予定通り今日ここを出るというのを確認できた気がして、ほっと一息吐いた。
店で売るつもりなのだろうか。川魚の香りがしている。食べてしまおうかという欲が出たが、後々のことを考えてやめることにした。やはり、物を盗んだことで人間とごたごたが起きることは避けたい。リッターたちの件もそうだったからな。
時がくるのをうたた寝しながら待っていると、人の気配を感じた。この特徴的な弾むような足音は、魚屋の親父に間違いない。鼻歌を奏でながら、「さて、我が家に帰りますかねー」と独り言をしている。
魚屋の親父が車に乗ると、すぐにエンジン音が響いた。これでようやく街に帰ることができる。出発だ。
しかし、その時だ。自分たちとは違う気配を感じた。耳を澄ましていると、ガタガタと荷物が動くような音が聞こえる。魚のような小さなものが動く音ではない。
緊張していると、バタンという何かが転げた音がした。
「いってえ! 梱包のガムテープが顔に貼りついた。顔の皮膚がはがれるー」
転げた音がした直後に聞こえてきたのは、人間語でもピヨ語でもない、にゃん語だった。どうやら荷台には俺たちだけではなく、先客がいたらしい。
しばらく様子を見ていると、声の主が顔を出した。毛色がサバ白の猫だ。顔が幼くも見えるので、一才未満だろう。そいつが俺の顔を見るなり、目をキラキラと輝かせた。
「うわっ、きてらしたのですか。猫神のボロスさま。吾輩、サバ白の千代丸というものですにゃ。握手してもらってもいいでせうか」
思いもよらない発言と頼みに困惑してしまう。見ると、ピヨも千代丸と名乗った猫を見て、首を傾げていた。
「別に減るもんじゃないからいいけど……何で、俺の名前とここにくることを知っていたんだ?」
「拙者、ボロス神さまが事件を解決する一部始終を見ておりまして。感銘を受けたのです」
そこで俺は思った。こいつ、俺の苦手なタイプだ。突っ込んでいいのか、ボケ返したほうがいいのか、話のつかみどころがわからん。
だから心の中で叫ぶ。こいつ、一人称と語尾が統一されてないし、キャラ立てがされてない奴なんだけど!
しかし、こいつは純粋に俺を尊敬してくれているようだ。ちょっとしたことで、無視するというのは大人として、良い判断とはいえないだろう。一体、こいつは俺に何を望んでいるのか。次に出る言葉を静かに待つ。
「お願いです。この山奥では一流の猫の忍びとして一人前になることすら叶いません。どうか、どうか、猫神のボロスさま。吾輩を弟子にしてくださいってばよー!」
千代丸の頼みを聞いて、俺は完全に突っこみどころを見失っていた。
チートなヒヨコのピヨ。チートな幽霊の親父。そして、一流の忍者を目指す千代丸。
そして、シティ派で平和主義者でグルメで繊細さんが真実の姿だというのに、猫神と誤解されている俺。
一体、これからどうなってしまうんだ!
ここにきた時と同じように、車はゴトゴトと俺たちを目的地に連れていっていた。
別れ際に長く話すと未練が残りそうなので、俺は挨拶を簡潔にすませると、塩野のばあさんの家を出ることにした。ピヨは何となく不服そうだったが、相変わらず瞳からは感情をうまく読み取れないのでスルーすることにした。
魚屋の親父が街に戻るために車を出すのが今日だ。これを逃してしまったら、街に戻る手段を断たれてしまう。
ここでの犬たちとの生活に不便はなさそうだが、俺たちは違う種族だ。それに猫は自分中心の生き物。群生動物である犬たちと末長く仲良く幸せにやっていけるのか。そう考えると、あのグループはリッターに任せて、俺は街で暮らすほうが良いように思えたのだった。いや、リーダーが豪放磊落で気さくなリッターであるからこそ、それぞれの価値観が大きく違うグループを、正しき道に進ませることができるだろうと思った。
「もう出るのかい? 寂しくなるねえ」
ピヨを背中に乗せて庭を出ようとすると、塩野のばあさんに声をかけられた。そして、ばあさんは出会った時と同じように持っている弁当箱を開けると竹輪を出してくれる。
「犬たちのことは心配しないで、自分の家に戻りなさいな。いつでも玄関の鍵は開けておくからね。気がむいた時に戻っておいで」
亀の甲より年の功とはよくいったものだ。俺は鳴いて礼を言ってから、竹輪をくわえて庭を出た。のんびり歩くのも何なので全力で駆ける。角を曲がるまで、塩野のばあさんは俺を見送ってくれていた。
「ピヨピヨヨピー」
「ボロスくん。どうして泣いているんだとピヨくんが聞いているぞ」
「どこかで物を燃やしているんだろうな。煙が目に沁みて仕方ない。これだから田舎ってやつは大嫌いなんだ」
歩きながらそう答えると、質問したピヨと親父が煙の根源を探しながら「物を燃やしている臭いすらしないのだが」と言う。
口の中の竹輪はすこししょっぱく感じたが、味を堪能するためにのんびりと咀嚼する。
食べ終えた頃には、魚屋の親父が車を停めている場所に到着した。荷台に飛び乗ると、来た時とは違う荷物が幾つか載っている。
予定通り今日ここを出るというのを確認できた気がして、ほっと一息吐いた。
店で売るつもりなのだろうか。川魚の香りがしている。食べてしまおうかという欲が出たが、後々のことを考えてやめることにした。やはり、物を盗んだことで人間とごたごたが起きることは避けたい。リッターたちの件もそうだったからな。
時がくるのをうたた寝しながら待っていると、人の気配を感じた。この特徴的な弾むような足音は、魚屋の親父に間違いない。鼻歌を奏でながら、「さて、我が家に帰りますかねー」と独り言をしている。
魚屋の親父が車に乗ると、すぐにエンジン音が響いた。これでようやく街に帰ることができる。出発だ。
しかし、その時だ。自分たちとは違う気配を感じた。耳を澄ましていると、ガタガタと荷物が動くような音が聞こえる。魚のような小さなものが動く音ではない。
緊張していると、バタンという何かが転げた音がした。
「いってえ! 梱包のガムテープが顔に貼りついた。顔の皮膚がはがれるー」
転げた音がした直後に聞こえてきたのは、人間語でもピヨ語でもない、にゃん語だった。どうやら荷台には俺たちだけではなく、先客がいたらしい。
しばらく様子を見ていると、声の主が顔を出した。毛色がサバ白の猫だ。顔が幼くも見えるので、一才未満だろう。そいつが俺の顔を見るなり、目をキラキラと輝かせた。
「うわっ、きてらしたのですか。猫神のボロスさま。吾輩、サバ白の千代丸というものですにゃ。握手してもらってもいいでせうか」
思いもよらない発言と頼みに困惑してしまう。見ると、ピヨも千代丸と名乗った猫を見て、首を傾げていた。
「別に減るもんじゃないからいいけど……何で、俺の名前とここにくることを知っていたんだ?」
「拙者、ボロス神さまが事件を解決する一部始終を見ておりまして。感銘を受けたのです」
そこで俺は思った。こいつ、俺の苦手なタイプだ。突っ込んでいいのか、ボケ返したほうがいいのか、話のつかみどころがわからん。
だから心の中で叫ぶ。こいつ、一人称と語尾が統一されてないし、キャラ立てがされてない奴なんだけど!
しかし、こいつは純粋に俺を尊敬してくれているようだ。ちょっとしたことで、無視するというのは大人として、良い判断とはいえないだろう。一体、こいつは俺に何を望んでいるのか。次に出る言葉を静かに待つ。
「お願いです。この山奥では一流の猫の忍びとして一人前になることすら叶いません。どうか、どうか、猫神のボロスさま。吾輩を弟子にしてくださいってばよー!」
千代丸の頼みを聞いて、俺は完全に突っこみどころを見失っていた。
チートなヒヨコのピヨ。チートな幽霊の親父。そして、一流の忍者を目指す千代丸。
そして、シティ派で平和主義者でグルメで繊細さんが真実の姿だというのに、猫神と誤解されている俺。
一体、これからどうなってしまうんだ!
ここにきた時と同じように、車はゴトゴトと俺たちを目的地に連れていっていた。