ボロスとピヨのてんわやな日常
~てんわやな日常(帰ってきた街編)~

縁は異なもの味なもの

 車は速度をあげながら、街へと近づいていた。取り敢えず、今度は違う場所へ行ってしまう心配はなさそうで安心する。
 ただ、問題は千代丸の存在である。こいつときたら分身の術を終えてからも、妙な術を披露しまくっていたのだ。もし、こんな術を街の猫仲間に見られたらどうなるのか。
 いや、猫仲間ならまだいい。もし、人間に見られたら? 見世物小屋に連れていかれるのが目に見えている。こいつには、少しずつ世間をいうものを教えないといけないと思う。
 別にそこまでしてやる義理はないとは思うのだけど、目覚めが悪そうな事態になるのが嫌だというか、またピヨにあの瞳で睨まれるのが腹立つというか。
 それにあわせて、術を使う千代丸に変な対抗意識燃やして、ピヨも親父も変な技を使うから更に困った。
 隠れ蓑の術を千代丸がした時は、ピヨは物凄い勢いで動いて、自分を見えなくしたし。親父は自分の体を消そうとして、また昇天しかけるし。
 いちいち付き合って突っこむのも疲れたので、今は三匹の様子を薄目で見ながら、狸寝入りをしている俺だ。狸じゃなくて猫だけど。
 そのせいか知らないが、千代丸は急に静かになった。おそらく、俺に注目されないと寂しいか、あるいは術を披露する意味がないと考えているのだろう。
 どうやら、俺は千代丸にかなり過大評価されてしまっているらしい。だとすると、猫神の力は自分の力ではないと、いつかは説明しないといけないかもしれない。
 狸寝入りをしながら空気を思いっきり吸いこむと、街独特の排気ガスの臭いや人間たちが放つ生活臭がしてきた。
 確認のために起きあがった俺は、荷台から乗り出して周囲の景色を見る。目の前には見慣れた川があった。そうだ。この川は俺がいた街と隣町の境の川だ。
「うおおおっ! 一週間ぶりの我が街だ。いろいろあったなあ。いろいろあったよお……」
 感慨に耽っていると、三匹の視線に気づいた。どの目も異様なものを前にしたかのような、怯えと呆れが見え隠れしている。俺は冷静になるために軽く咳をすると、三匹のほうに向き直った。
「えっと……今のようにはしゃぐのは悪い例だ。わかっていると思うが、街には人の目があふれている。取り乱したり、変な術など使わないように。街には怖いものがたくさんある。それなので、如何に周囲に溶けこむのか。それが重要になってくるんだ」
 俺の話を聞いて、千代丸が何処から出したのかメモを取っている。ピヨと親父は首肯していた。取り敢えず、咄嗟の説明で騒いでしまった俺の体面は守れたようだ。しかし、皆、本当に世間というものをわかっているのだろうか。先が見えないだけに物凄く不安だ。
 そんなことを考えた時だった。車は急に曲がると、そのまま速度を落として停車する。静かに様子を見ていると、どうやら魚屋の親父は買い物をするつもりのようだ。エンジンをとめると車を降りて、スーパーのほうに歩いていってしまった。
「うーん……どうするかな。家は近いし、俺たちもこのまま降りて目的地に向かうか」
 このまま乗って、また目的地から離れられてしまったら元も子もない。リスクを負うより、俺は確実な帰宅を望んだ。俺の決断に他の者も反論しない。
 俺の判断ミスとはいえ、歩くのを横着したことで田舎に行ってしまったのだから。誰だって、二度と同じ目に遭いたいとは思わないだろう。
 近くに人間がいないのを確認すると、俺は慎重に荷台から降りた。ピヨも羽根をばたつかせながら見事に着地し、千代丸も飛び降りる。親父はゆっくりと飛んで着地したが、幽霊のような動きをするなと突っこむのは、疲れるのでやめることにした。
 しかし、ここで俺は再び後悔することになる。俺は人間の気配しか探っていなかったのだ。そして、注意していたのは音や気配だけだった。そう、音や気配を発さない者が接近していたのだ。
 生き物のように纏わりつく、冷たい空気が辺りを包みこんでいた。実は俺たち動物には、人間にはない第六感がある。それが霊感というやつだ。
 俺とピヨが親父の姿をはっきり見ることができたのは、おそらくこの霊感があるからだろう。ただ、この第六感。幽霊を信じないクロたちにはあまりないようだけど。
 今の俺にははっきりと見えていた。目の前で牙を剥いている半透明の巨大な黒い犬が。
 何故、こいつは近づいてきたのか。おそらく親父の霊気に誘われてきたのだろう。こういった理性を失った類の奴は、同類か、近しい者を常に求めて食らおうとしているからだ。
「ボロスの師匠。こいつは一体、なんですか。まるで心が読み取れないっす!」
 千代丸は読心術を使ったのだろう。黒い犬が普通ではないと感じ取ったらしい。
 黒い犬の両目は、まるで血の色に染まったかのような紅玉色をしている。その目には殺意しか感じられない。
 そして、低い唸り声を出した黒犬は、俺たちに問答無用とばかりにいきなり襲いかかってきた。
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