ボロスとピヨのてんわやな日常
黒犬の思念が流れこんできた時、俺は黒犬の想いが何となくわかる気がした。
厄介になっている家に飼われている犬、虎ノ介もそうだが、犬は猫より飼い主への執着が強い。留守番されるくらいならついていきたい。ひとりにされたら淋しいし、生きてはいけない。飼い主が喜ぶことを必死に行い、興味を惹こうとする動物だ。
そう、あの黒犬の霊は一匹なのである。そこに自分と同じ霊体の親父が現れた。その霊力を食らうのが、唯一、現世にとどまれる手段だとしたら? 飼い主に会いたいと思っていたら? 俺たちを見て、一匹ではないのが羨ましいと思っていたら?
「いけない感情ではあるけど、間違ってはいないことなんだよな。あいつにとっては……」
黒犬の思念を思い出してごちると、千代丸が何故か涙目になった。
「あの黒犬に、そんな複雑な心理があったとは。あの時、読み切れなかった拙者は、ボロスの師匠に完敗でござる」
そういえば、千代丸は読心術を持っているような発言をしていたな。と、思ってから、伝えたことを思い出す。
「俺はお前の師匠じゃないと言ったろ。仲間だって。だから、その師匠という言いかたはやめてくれ」
「またまた、ご謙遜を。拙者、ピヨ殿を命懸けで守ろうとしたボロスの師匠を見て、感動いたしました。しかも黒犬がここに留まる原因も取り除こうとされている」
「いや、千代丸。お前、俺のこと過大評価しすぎだろ。ピヨは俺の餌だから助けたんだよ」
こいつは、嫌なところをいちいち突いてくるな。まるで心を読んでいるみたいに。
と、思って千代丸を再び見ると、ジト目で俺を見つめている。あれ、この反応変だぞ。どういうことだ? と、思ったところで気づいた。
こいつ、読心術を使えるんだった! えっ、ということは今のも読めているってこと?全てじゃないよな。
「ボロスの師匠、その気になれば全てですよ。あのそれで、ピヨ殿って本当に餌……」
「あーっ、わーっ、聞こえないっ! お前、何を言いたいのかな。もっとこう、なにか違う俺の魅力も見ろよ」
そう言いつつ、ウインクでジェスチャーしながら「空気読め。俺の心のうちまで解説すんな」と心のなかで叫ぶ。
「吾輩、修業が足りないようでござる。ただ、師匠に親友や仲間と言われて嬉しかったのです。拙者、ドジで仲間たちに馬鹿にされていたので……いや、仲間とはいえないかも。拙者が勝手に仲間と思っていただけで」
ドジなのは、なんとなく理解した。というか、今までの言動で痛感しているし。俺を慕ってついてきた理由は、そのドジを克服したいというのもあったのだろう。
「辛気臭い奴だな。今は俺と一緒なんだから、ひとりだと思うな。取り敢えず、黒犬のことを解決するぞ。俺に協力しろ。親父もピヨも、すこし黒犬の件に付き合ってくれ」
「ピッピピヨッピッピピピー」
「ピヨくんは任せてくれだそうだ。わしも黒犬と同じ霊だしな。放っておくのも嫌だと思っていたし、出来ることなら力になりたいと思っていたよ」
「拙者、ボロスの師匠……じゃなかった。ボロス殿に喜んで協力します」
皆の同意を得られたところで、俺は深呼吸をする。そして、黒犬が消えた向こうの景色に目をやった。
「事故死しているんだよ。あの黒犬。しかも仕事中に。あいつ、盲導犬だったんだ」
道端に花が活けてあるが、その花は枯れていた。憑依された時、俺の脳内に流れこんできたのは「主人を守れなかった。主人は無事なのか」という叫びと、車に轢かれる激痛だったのだ。
ラブラドールレトリバーの黒。黒のため直射日光に弱く、第三者は怖いという印象を持つため、盲導犬としてはあまり適さないらしい。しかし、黒犬の飼い主は彼に愛情を注いだ。いつものように夜の散歩に出掛ける。そこで轢かれた。そう、黒だったためにドライバーには見えにくかったのだ。飼い主も黒にちかい服を着ていた。
盲導犬は左につく。右側通行をする主人の外側を歩くのだ。車が突っこんできたら、主人を守ろうとするのが盲導犬だ。そう考えると、事故に遭えばひとたまりもない。
話をしようとした時には、千代丸が大粒の涙を流していた。またこいつ俺の心を読んだな。反応がすごくわかりやすい。
そんな千代丸に親父は触れないほうがいいと、気を遣ったのだろう。
「ふむ、ボロスくんの話から察するに、黒犬の飼い主を見つけて、ここに連れてきたらいいということかな。とはいえ、何のヒントもなしに捜すのは難しいと思うが……」
俺が説明する前に、親父がしっかり把握して代弁してくれる。ピヨと千代丸は、どのように黒犬の飼い主を見つけようとしているのか、答えを求めるように俺を見た。
「あの黒犬に話を聞けたらいいんだけどな。けど、思念も飛び飛びだったし、思考も正常とはいえないようだし。ただ断定できるのは、飼い主が視覚障害者。それと、思念には映像がすこしあったから、俺はその飼い主の顔をわかるということだな」
「うーむ……それだけで捜すというのもな。もうすこしヒントがあればいいのだが」
「そういえば、黒犬の思念に歩いているルートがあった! どこで遊んで楽しかったとか、あそこにはよく行ったとか」
「よし、では、それをヒントに飼い主を捜すとしよう」
「おおっ、拙者、興奮してきました。なんか刑事みたいっす。雉猫ボロスの推理ですね」
千代丸の言葉に有名な本のタイトルが見えた気がしたが、ここではスルーしよう。
俺たちなら、きっと黒犬の飼い主まで辿り着き、ここに連れてくることができるはずだ。
「それじゃあ、黒犬の飼い主捜しに出発だ」
「おうっ!」
「ピッピピピー」
「拙者、微力ですが頑張ります」
三者三様の答えを聞きながらも、今回は皆の想いがひとつになったと感じた瞬間だった。
厄介になっている家に飼われている犬、虎ノ介もそうだが、犬は猫より飼い主への執着が強い。留守番されるくらいならついていきたい。ひとりにされたら淋しいし、生きてはいけない。飼い主が喜ぶことを必死に行い、興味を惹こうとする動物だ。
そう、あの黒犬の霊は一匹なのである。そこに自分と同じ霊体の親父が現れた。その霊力を食らうのが、唯一、現世にとどまれる手段だとしたら? 飼い主に会いたいと思っていたら? 俺たちを見て、一匹ではないのが羨ましいと思っていたら?
「いけない感情ではあるけど、間違ってはいないことなんだよな。あいつにとっては……」
黒犬の思念を思い出してごちると、千代丸が何故か涙目になった。
「あの黒犬に、そんな複雑な心理があったとは。あの時、読み切れなかった拙者は、ボロスの師匠に完敗でござる」
そういえば、千代丸は読心術を持っているような発言をしていたな。と、思ってから、伝えたことを思い出す。
「俺はお前の師匠じゃないと言ったろ。仲間だって。だから、その師匠という言いかたはやめてくれ」
「またまた、ご謙遜を。拙者、ピヨ殿を命懸けで守ろうとしたボロスの師匠を見て、感動いたしました。しかも黒犬がここに留まる原因も取り除こうとされている」
「いや、千代丸。お前、俺のこと過大評価しすぎだろ。ピヨは俺の餌だから助けたんだよ」
こいつは、嫌なところをいちいち突いてくるな。まるで心を読んでいるみたいに。
と、思って千代丸を再び見ると、ジト目で俺を見つめている。あれ、この反応変だぞ。どういうことだ? と、思ったところで気づいた。
こいつ、読心術を使えるんだった! えっ、ということは今のも読めているってこと?全てじゃないよな。
「ボロスの師匠、その気になれば全てですよ。あのそれで、ピヨ殿って本当に餌……」
「あーっ、わーっ、聞こえないっ! お前、何を言いたいのかな。もっとこう、なにか違う俺の魅力も見ろよ」
そう言いつつ、ウインクでジェスチャーしながら「空気読め。俺の心のうちまで解説すんな」と心のなかで叫ぶ。
「吾輩、修業が足りないようでござる。ただ、師匠に親友や仲間と言われて嬉しかったのです。拙者、ドジで仲間たちに馬鹿にされていたので……いや、仲間とはいえないかも。拙者が勝手に仲間と思っていただけで」
ドジなのは、なんとなく理解した。というか、今までの言動で痛感しているし。俺を慕ってついてきた理由は、そのドジを克服したいというのもあったのだろう。
「辛気臭い奴だな。今は俺と一緒なんだから、ひとりだと思うな。取り敢えず、黒犬のことを解決するぞ。俺に協力しろ。親父もピヨも、すこし黒犬の件に付き合ってくれ」
「ピッピピヨッピッピピピー」
「ピヨくんは任せてくれだそうだ。わしも黒犬と同じ霊だしな。放っておくのも嫌だと思っていたし、出来ることなら力になりたいと思っていたよ」
「拙者、ボロスの師匠……じゃなかった。ボロス殿に喜んで協力します」
皆の同意を得られたところで、俺は深呼吸をする。そして、黒犬が消えた向こうの景色に目をやった。
「事故死しているんだよ。あの黒犬。しかも仕事中に。あいつ、盲導犬だったんだ」
道端に花が活けてあるが、その花は枯れていた。憑依された時、俺の脳内に流れこんできたのは「主人を守れなかった。主人は無事なのか」という叫びと、車に轢かれる激痛だったのだ。
ラブラドールレトリバーの黒。黒のため直射日光に弱く、第三者は怖いという印象を持つため、盲導犬としてはあまり適さないらしい。しかし、黒犬の飼い主は彼に愛情を注いだ。いつものように夜の散歩に出掛ける。そこで轢かれた。そう、黒だったためにドライバーには見えにくかったのだ。飼い主も黒にちかい服を着ていた。
盲導犬は左につく。右側通行をする主人の外側を歩くのだ。車が突っこんできたら、主人を守ろうとするのが盲導犬だ。そう考えると、事故に遭えばひとたまりもない。
話をしようとした時には、千代丸が大粒の涙を流していた。またこいつ俺の心を読んだな。反応がすごくわかりやすい。
そんな千代丸に親父は触れないほうがいいと、気を遣ったのだろう。
「ふむ、ボロスくんの話から察するに、黒犬の飼い主を見つけて、ここに連れてきたらいいということかな。とはいえ、何のヒントもなしに捜すのは難しいと思うが……」
俺が説明する前に、親父がしっかり把握して代弁してくれる。ピヨと千代丸は、どのように黒犬の飼い主を見つけようとしているのか、答えを求めるように俺を見た。
「あの黒犬に話を聞けたらいいんだけどな。けど、思念も飛び飛びだったし、思考も正常とはいえないようだし。ただ断定できるのは、飼い主が視覚障害者。それと、思念には映像がすこしあったから、俺はその飼い主の顔をわかるということだな」
「うーむ……それだけで捜すというのもな。もうすこしヒントがあればいいのだが」
「そういえば、黒犬の思念に歩いているルートがあった! どこで遊んで楽しかったとか、あそこにはよく行ったとか」
「よし、では、それをヒントに飼い主を捜すとしよう」
「おおっ、拙者、興奮してきました。なんか刑事みたいっす。雉猫ボロスの推理ですね」
千代丸の言葉に有名な本のタイトルが見えた気がしたが、ここではスルーしよう。
俺たちなら、きっと黒犬の飼い主まで辿り着き、ここに連れてくることができるはずだ。
「それじゃあ、黒犬の飼い主捜しに出発だ」
「おうっ!」
「ピッピピピー」
「拙者、微力ですが頑張ります」
三者三様の答えを聞きながらも、今回は皆の想いがひとつになったと感じた瞬間だった。