ボロスとピヨのてんわやな日常
 さて、ここでひとつの問題がある。
 黒犬の飼い主を捜すといっても、今いる場所は俺が住んでいる場所から離れた隣町の近く。つまり、俺の地理感覚が通用しない場所である。
 そのため、黒犬の思念から認めることができたのは、俺が知らない場所ばかりだった。
 どこにあるのかわからない風景をあてもなく捜す。人間なら、情報収集でなんとかなるだろうが、俺は野良猫だ。一日の行動範囲は限られるし、食糧確保もしなければならない。それが、大きな課題となっていた。
「そういうことなら師匠、ピヨ殿と親父殿にも協力してもらってはどうでしょうか」
 と、言った千代丸が「しまった」という顔をする。ボロス殿と言うべきところを師匠と言って、失敗したと思ったのだろう。
 しかし、そんなことで怒るのも大人げないし、失敗なら誰にでもある。
「あー、確かに。ここの地理は親父のほうが詳しいよな」
 俺が千代丸の発言に触れずに答えると、千代丸は安心したように再び口を開いた。
「ピヨ殿は他の鳥とも話せるんですよね。その情報網を使うのはどうでしょう。鳥なら、かなりの行動範囲ですよね?」
 千代丸の案を出す機敏さに、俺は思わず感心の溜め息を出してしまう。トラブルメーカーと思っていたが、千代丸には千代丸の良さもあったのだ。
「ピッピピッピ!」
「ピヨくんは、そういうことなら任せてと言っとるぞ。それとボロスくん。もし、景色に店名とか見えていたのなら教えてほしいのだが。それなら、わしも力になれると思うぞ」
 ひとつの案の提示だけで、次々と計画が進行していく。そう、俺は忘れていたのだ。俺たちが持つ、それぞれの特性を。俺は黒犬のことを皆で解決しようと言っておきながら、皆の特性にどのように頼るか考えていなかったのである。
「じゃあ、ピヨは飛べる鳥たちを呼んで、事故に遭った黒の盲導犬を知らないか聴いてくれ。それと親父は知っているかもしれないから伝える。黒犬の思念で流れこんできたのは、赤い看板のスーパーと床屋だったんだ。床屋の看板はオレンジ色でカットシザーズって書いてあった」
 俺の説明に親父が「ああ、もしかしたらあそこかな」と呟く。
「わしの記憶とボロスくんの映像が同じものだったら、床屋はここから五百メートルほど行ったところだ。スーパーはその床屋の近くだな。確か、同じ建物にあったぞ」
 捜すのにかなりの時間を要すると覚悟していただけに、この親父の情報は嬉しい報告だ。黒犬の飼い主がスーパーによく行くというのなら、鉢合わせするかもしれない。
「よし、じゃあそこに行こう」
「しかし、ボロスくん。問題は飼い主に会えたとしても、黒犬のところまで、どうやって連れてくるか。そのほうが難しいと思うぞ」
 確かに親父の言う通りだ。人間に俺たちが「あなたが飼っていた犬が霊になって、あなたを捜しています」と伝えたくても、俺たちの口から出る言葉は「にゃん」か「ピヨ」である。ピヨのチート能力も、親父の霊力も人間相手には通用しない気がする。
「そういうことならば、拙者に考えがあります。飼い主が見つかったら、必ずや拙者が、黒犬のところに誘導してみましょうぞ」
 そこで自信満々に断言したのが千代丸だ。何やら策があるらしいが、何も策を思いつかない今は、千代丸に頼るしかない。そして、仲間に頼るのも大切なことだと今では感じていた。
「じゃあ、千代丸。頼りにしているから、その時は頼む。そして、ピヨ。やってくれ」
「ピッピピーピッピピー!」
 ピヨが空に向かって鳴くと、どこからか鳥たちが集まってくる。そして、ピヨの前にカルガモが一羽、降り立っていた。背中には、子ガモが乗っている。もしかして、こいつは。
「もしかしてグワか! そういえば、ここら辺はお前たちの住み処だったな」
「グワッグワワワワッ」
 俺の問いに子カルガモは黄色い羽根を取り出して見せる。友達の証として交換し合った、親友の証拠のピヨの羽根だ。ピヨも茶色の羽根を取り出してグワに見せていた。
 久しぶりの再会に、ピヨとグワは鳴きながら飛びはねて喜ぶ。そんな喜びの舞いを二匹がするなかで、たくさんのカルガモたちが舞い降りてきた。
 あちこちから「グワグワ」「グワッワ」といった語りかけっぽいのが聞こえてくるが、にゃん語しかわからない俺だ。ここは翻訳者に任せるしかない。
「前は世話になった。出来ることなら協力するから、なんでも言ってくれ。と、カルガモたちが言ってくれとるぞ」
 親父のグワ語翻訳を聞いて、千代丸が瞳を輝かせる。
「ボロス殿、すごい! お考えの素晴らしさだけでなく、顔も広いとは」
「素晴らしいとかそういうのじゃなくて……って、お前、また俺の心を読んでるだろ」
「読んでませぬ。ちょっとだけ目を細めただけで。本日は日が強いですな」
 千代丸がとぼけている気がするが、ここで考えすぎても仕方がないし。今は、黒犬の飼い主を探すのが先決だ。
「じゃあ、遠慮なく。そこで事故に遭った黒犬の飼い主を知っていたら、詳しく教えてくれ。些細なことでもいい。情報がたくさんあったほうが助かる」
 俺の問いにカルガモたちが顔を見合わせる。そして、そのカルガモたちの中から、前に出てきたカルガモが羽根をばたつかせながら、口を開いていた。
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