ボロスとピヨのてんわやな日常
 前に出てきたカルガモが口を開いた途端、騒いでいた仲間のカルガモたちが鳴きやむ。
 皆の注目を一身に受け、カルガモは得意げに胸を反らすと説明をはじめた。
「グワッググググワッワワワッグワグワワグワッ」
「グワッグワワッグワッ」
 説明するカルガモ。相槌を打つ仲間たち。そして、それを聞きながら首を縦に振る、親父とピヨと千代丸。
 ちょっと待て。もしかして、この場でグワ語が通じてないのって俺だけなのか。
 そういえば、親父は翻訳ができる。ピヨはほとんどの動物語を理解できる。千代丸は読心術が使える。考えたら、親父の翻訳は俺だけのためにあるようなものじゃないか。そう思うと、複雑な気持ちになってきた。
 翻訳の必要性に悩み、重い息を吐くと、親父がグワ語を翻訳しはじめた。
「あれは鳥肌が立つような寒空の日。朝から降っている雨は、今にも雪になりそうだった。俺は、気温が下がる川にすぐに戻るのも気が引け、いつもとは違う場所で一夜を過ごすことに決めた。そう、俺は一匹狼なのさ。おっと、カルガモなのに狼とは変だなという、スマートじゃない突っこみはなしにしようぜ」 
 ――って、なんか、プロローグっぽい説明がきた。このカルガモ、ハードボイルドちっくな奴なの? けど、気温下がる川に行くのも気が引けって、ハードボイルドな話し方なのに、根性ない奴だな。それと、この翻訳、親父のアレンジが加えられたりしてない?
 と、脳内で突っ込みまくっていると、千代丸が俺を見ているのに気づいた。そして、目が合うと、慌てたように目を逸らす。千代丸の奴、また俺の心を読んでいたな。
 カルガモはというと、得意そうに胸を反らしている。どうやら、親父の翻訳は意訳ではなく、しっかりした直訳らしい。
「スーパーにあるダンボール置き場が、俺の密かな寝場所でね。そこで寝ようとした時だ。派手な激突音が聞こえたのさ。見ると、黒い犬が力なく倒れ、その隣には人間がうずくまりながら唸り声をあげていた。すぐに救急車がきてね。人間だけが運ばれていったのさ。近くには小さな紙袋が散乱していたな。ああ、そうだ。そこの薬局の処方薬の袋さ」
「と、いうことは、黒犬の飼い主は、今も同じ病院に通院し続けている可能性があるな」
 親父の翻訳を聞いて、俺がそう推理すると、千代丸とピヨが目を丸くして驚く。
「いや、黒犬の飼い主は視覚障害者だから、信頼できる病院にしか通わないと思ってさ。その病院を張り込んだら、一週間以内で飼い主を見つけることができるかもしれないぞ」
「しかし、ボロスくん。そうなると事故現場からすぐだから、黒犬は飼い主を見つけていないのが妙ということになるのだよ。わしは、黒犬の飼い主は病院を変えていると思うぞ」
 親父の言うことは一理ある。俺の推理は考え直さないといけないな。ピヨと千代丸、そしてカルガモたちも俺と親父の推理を静かに聞いている。
「あっ、そうか。救急車が連れていった病院か! そっちに病院を変えてるかも」
「グワッグググワッグワッ」
「総合病院の近くで杖をついている、それらしき人物を見たと言っとるぞ」
 さすが空を飛ぶ鳥たちの情報網だ。あっという間に黒犬の飼い主が立ち寄りそうな場所が限定されていく。
「じゃあ行くべき場所は決まったな。俺が思念で見たスーパーと床屋。あとは病院だ」
「グワッグワワッ」
「我々も空から捜そう。と、言ってくれとるぞ」
「おおっ、それはありがたい! よろしく頼む」
 出会いは偶然。しかし、そこで起きた難題に対処し、互いに助け合い、解決してきたことで、カルガモたちとも繋がりを深く持てた気がする。思えば、グワとの出会いはピヨがいて、ピヨがグワの親を捜そうと俺にしつこく頼んできたからだ。
 光輝く黄金色のタマゴから生まれたピヨ。ピヨには何かを引きつける不思議な力があるのだろうか。そして、俺とピヨの出会いは偶然だったのだろうか。
「考えすぎだよな。あいつは俺の餌のヒナ。それ以上の存在でもないし、それ以上の存在だと思ってもいけないし……」
 ピヨはというとグワと両羽根を合わせながら、くるくる回っている。
「よし、じゃあ行くぞ。いざ、黒犬の飼い主捜しに出発だ」
 俺が、天に右前足を突きあげてそう言うと、ピヨも親父も千代丸もカモたちも、合わせるように右前足を突きあげて、思い思いの意気込みの言葉を叫んでいた。
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